五月蝿く聞くより目を光らす(4)

 扉についた小窓から、相亀は教室の中を覗き込んだ。ほとんどが顔くらいしか知らない幸善のクラスメイトの中に、相亀は名前と顔どころか、声や性格まで分かっている三人を発見する。

 東雲と我妻、久世の三人だ。その三人が教室の中にいることを確認してから、相亀は扉の前で大きく深呼吸をした。


 さて、問題はここからだ。三人が白であることを相亀は信じて疑っていない。何を聞いたところで、葉様の危惧した答えが返ってこないことは確信している。


 ただ、その聞き方が相亀は良く分かってなかった。その証拠に椋居と羽計に質問した時は、動揺を隠し切れなかった上に、あまりにストレートな質問の仕方をしたことで、二人に何があったのかと心配される結果になってしまった。


 良くも悪くも直線的な接し方が正解な相手と最近は多く逢い、自分の中での感覚が完全に狂っていた。こういう時にうまく話を持っていく方法がいまいち分からない。

 前はもう少しうまくやっていたはずなのだ、と思い返してみるが、相亀は該当する前を思い出すこともできない。


 どうするのが正解か、と散々悩み散らかし、一向に教室に入れないでいると、そんな姿を不思議に思ったのか、声をかけてくる人物がいた。


「そこで何をしてるんだ?」


 その声に背筋を伸ばし、振り返った相亀が見た先には、七実ななみ春馬はるまが立っていた。


「な、七実先生かよ」

「何だ、その口の利き方は?こっちは天下の先生だぞ?」

「いや、先生にそこまでの権限はないでしょう……」


 ここで七実が場所も考えずに序列持ちナンバーズと口にしていたら、相亀は恐れ戦くほどではないにしても、反論の余地がなくなっていたかもしれない。


 そう思ってから、相亀は七実が幸善のクラスの担任であることを思い出した。


「あ、そうか。七実先生がいるじゃん……」

「何だよ?どうした?もうすぐチャイムが鳴るぞ?」

「あの、ちょっといいっすか?」


 相亀が軽く手招きをすると、七実は不審そうに相亀を見てきた。話があるならすぐに話せと言いたげな表情だが、ここで大っぴらに話せる話でもない。

 何とか話さずに意思を伝えようと思い、相亀は指を七本見せると、察したのか七実が顔を近づけてきた。


「何だ?」

「ちょっと頼堂の周りのことで聞きたいことがあるんですけど」

「周りのこと?クラスメイトとか、そういうことか?」

「はい。その中に人型っていますか?」


 相亀の質問に七実は表情を真剣なものに変え、唐突に口を噤んだ。

 てっきり、相亀はそんなことないと返ってくるものだと思っていたので、想定外と言える七実の反応に、相亀は嫌な予感を覚える。


「ちょっとこっちに来い」


 そう言われ、相亀は人気の少ない廊下の端まで引っ張られた。怒られる雰囲気だが、この状況で怒り以外の言葉が出てくる方が相亀としては恐ろしい。


「頼堂の周りを探ってるのか?」

「まあ、いろいろとあって……」

「そうか……」

「もしかして、何かいるんですか?」


 相亀の質問に少し迷ったように視線を彷徨わせてから、七実はゆっくりとかぶりを振った。


「はっきり言うと、分からないというのが答えだ。元から俺は頼堂の周りに人型が近づかないように、ここに派遣されたんだが、俺の視点からは何かがいるように見えていない」

「それなら、いないっていうのが答えなんでは?」

「確かにそう思いたいんだが、頼堂の周りの人型の動きを考えた時に、この学校まで届くケースがあまりに少ない。それこそ、この前の人型くらいだ」

「つまり、周囲で何かが起きる頻度的に、ここで何かが起きる回数が少な過ぎるってことですか?でも、それって、七実先生の存在があるからとかでは?」

「この前の人型に伸された男を人型が気にするか?」


 七実が警戒している理由は分かったが、七実ほどの人物が危惧するほどのことかという気持ちは拭えなかった。七実には見えているのに相亀には見えていないものがあるのかと考えてみるが、相亀に見えていないものが見えてくるはずもないので、考えたところで意味はない。


「動きがないのなら、いても問題ないのでは?」

「お前は爆発しないからって爆弾を抱えて平気でいられるのかよ?」


 その一言で相亀は一気に危険性を理解した。


「爆弾を抱えているのかどうかも、抱えていたとして爆発するのかどうかも分からないんだぞ?警戒する以外の選択肢はない」

「た、確かに……」

「俺もお前も顔自体はバレているだろうから、簡単に尻尾を出すとは思えないが、もしも探るなら、慎重に頼む。下手に起爆する事態は避けてくれ」


 七実の注意を受けて相亀は緊張から唾を飲み込んだ。幸善の周囲に人型はいないという確認のつもりだったが、とんだ爆弾解除を押しつけられてしまったようだ。


 相亀と七実を学校に引き戻すようにチャイムが鳴り、相亀はまた自分の教室に戻る途中、本当に死地に赴くことになったと頭を抱えていた。

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