五月蝿く聞くより目を光らす(3)

 相亀の中での幸善の印象は、最初に逢った時から大きく変化していない。恐らく、幸善もそうであるように、相亀から見ても、幸善は気に食わない奴である。


 どこが、という聞かれ方をすると、明確なポイントを挙げることはできないのだが、ただ漠然と、こいつとは合わないと思った感覚だけが残り、未だに幸善を良く思うことはなかった。


 だが、それは幸善という人間に対しての話で、その幸善が関わってきた全てを否定するつもりはなかった。


 どれだけ認めたくなくても、幸善が人型と戦った事実は評価に値することだと分かっているし、幸善がいなければ解決しなかった問題があることも、相亀はちゃんと分かっている。

 その上で幸善のことは気に食わないと思っているのだが、その評価されるべき全てを否定するつもりはなく、それは幸善の周囲に対してもそうだった。


 何を理由に葉様が考えたのかは分からないが、幸善のこれまでの人間関係の全てを否定する理由はなく、幸善が築き上げた友人関係を侮辱する葉様の発言は、たとえ相亀でも受け入れられるものではなかった。


 しばしの沈黙の後、相亀が反論するように立ち上がり、葉様に掴みかかろうとした。怒りを声と行動に変えて、葉様に抗議しようとした。


 しかし、それよりも早く、相亀の隣で動いた人がいた。


 水月だ。


「葉様君。言っていいことと悪いことがあるんだよ?それは絶対に口にしたらダメなことだよ」


 静かに怒りの籠った声を出し、葉様を睨みつける水月に、相亀は思わず後退る。

 触らぬ神に祟りなし。今の水月は下手に口出ししない方が良さそうだと感じ、相亀はそれまでの感情を一気に引っ込めた。


「だが、可能性はあるはずだ。あいつの周囲に人型がいるのなら、その幼馴染も候補になるだろう?」

「スマホは落としただけ。我妻君が拾ってくれていた。人型とは関係ない」

「その我妻というのが人型の可能性は?」

「頼堂君の幼馴染だよ?そんな小さい頃から、人型が近くにいたなんて、本当に思っているの?」


 水月は次第に怒りに呆れを混ぜて、葉様を軽蔑するような目で見ていた。その視線にも葉様は引く様子がなく、隣で見ているだけの相亀の方が怖くなってくる。


「涼介。そこまでだ。その考えは極端過ぎる。可能性だけはあるかもしれないが、付き合いの長さを考えると、それだけの期間、人型が何もしてないことはおかしいだろう?」

「可能性があるなら、潰すべきだ。疑いが残ったまま、放置しておいてよかったことなど一つもない」


 佐崎が宥めても、頑なに言いやる葉様の姿に、相亀は尊敬の念すら懐き始めていた。ここまで我を通せるのはある意味、才能だ。その才能も使い方次第では良いものなのだろうが、ここでは良いものとは思えない。


「何もないなら、何もないことを確認したらいい」


 葉様の言い方に佐崎が再び口を開こうとした直前、杉咲がそう口にした。


「私も幼馴染が人型である可能性は低いと思う。だから、それを先に確認すればいい。どちらにしても、人型がいるかもしれないなら、周りの人は調べるべき」


 白であることの確証。葉様を黙らせるなら、それが一番だと杉咲が提案したように、水月もそう感じたようだ。杉咲の意見に賛同するように頷き、相亀の方を見てきた。


「私もその意見に賛成。だから、相亀君、任せられる?」

「え?何で、俺?」

「だって、頼堂君と同じ学校なのは相亀君だけだから」

「他の人が調べるのはちょっと難しいよね。学校外のことなら、俺達も協力できるからさ」


 水月や佐崎に頼まれ、相亀は逃げ場を完全に失っていた。断れる空気ではなかった。


 そのことがあって、相亀は翌日の学校で、幸善の周囲、特に東雲しののめ美子みこ達を調べることになったのだが、相亀の性格上、東雲はもちろん苦手であり、久世くぜ界人かいとは違う理由で絡みたくない。


 できれば、逢わずして調べたいと考え、取り敢えず、椋居と羽計に聞いてみたが、そこで何かが分かるはずもなかった。


「何かあるなら、相談に乗るが?」

「いや、大丈夫だ」


 相談に乗ってもらうには妖怪とか人型のことを話さないといけないが、そのようなことができるはずもない。相亀は口を噤んで、ゆっくりと立ち上がった。


「あれ?ゲンちゃん、どこに行くの?」


 相亀を引き止めるように、伸ばされた羽計の手を慌てて避け、相亀は高らかに宣言する。


「証明してくる」

「数学?」


 椋居の呟きに相亀は小さく笑い、教室を後にするために歩き出した。その足取りは死地に赴くようだった。

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