五月蝿く聞くより目を光らす(2)

「これだけのことがQ支部で起きたのに、それに一切、関われなかったなんて、Q支部の仙人として情けない」


 スマホを落としてしまったことによって、一時的に連絡が取れなくなった相亀は、Q支部で起きたことを知る前に、Q支部での騒動が解決してしまっていた。その情けなさを悔いるように呟くと、同意するように水月みなづき悠花ゆうかが頷いた。


「自分達に何ができたかは分からないけど、何かはできたはずなのに、その機会すらも作れなかったのは、ちょっと悔しいし、ここにいた人達に申し訳ないよね……」


 暗い表情で俯いて語る水月に、相亀も小さく頷いて同意する。


 その二人の様子に疑問を呈する人物がいた。


「いや、何故、ここでそんな話を始めるんだ?」


 迷惑そうに眉を顰めて、相亀と水月の顔を睨みつけるように見てきたのは、怪我が原因で病室のベッドにいる葉様はざま涼介りょうすけだった。


「そもそも、お前らは何でここにいるんだ?暇か?」

「私は葉様君のお見舞いに」

「俺は葉様をからか……見舞いに」

「おい、揶揄う気持ちが漏れてるんだよ!?水月はともかく、お前は帰れ!」


 激昂して怒鳴り散らかす葉様に、相亀は少し驚いていた。


 揶揄う気持ちが漏れてしまった自分に帰れと怒鳴ったこと自体は想定内だったが、見舞いに来た水月をすんなり受け入れたところは、以前の葉様からは考えられない部分だった。


 少しは丸くなったのか、とニンマリした顔で葉様を見ていると、葉様の怒りが更に膨れ上がる。


「お前の顔を叩き切るぞ?」

「ハハッ。お前の刀なんて、何回振るっても当たらねぇーよ」


 相亀の挑発に葉様は立ち上がろうとしたが、まだ身体の痛みが残っているようで、苦しそうに顔を引き攣らせてから、ゆっくりと座り込んでいた。


「ほら、まだ昨日の今日なんだから、無理しちゃダメだよ」


 水月に優しく怒られ、葉様は言い返す言葉がないのか、機嫌悪そうにそっぽを向いている。何ともらしくない姿に見えるが、それよりも相亀は怪我の方が少し気になった。


人型ヒトガタと戦ったんだよな?散々揶揄った後に言うのも何だが、起き上がっても大丈夫な状態なのか?」

「それなら心配ご無用」


 相亀と水月の背後から声が聞こえ、二人は揃って振り返った。病室には葉様の隣に一つ、向かいに二つのベッドが並べられていて、その向かいのベッドにも患者が座り込んでいた。


 それは葉様と同じく傘井かさい隊に所属する佐崎ささき啓吾けいご杉咲すぎさき未散みちるの二人だ。


「俺達の怪我は大したことないよ。涼介の提案で、できるだけ時間を稼ぐように立ち回ったから。遅くても明日には退院できる予定だよ」

「へぇー、あの妖怪絶対殺すマンの葉様がねぇ……」


 相亀が横目で葉様の様子を見ると、葉様は面倒そうに眉を顰めていた。表情自体はいつもと変わりがないが、やはり心境には変化があるのかと相亀は思う。


「それよりも、俺は少し気になることがあるんだけど」

「何かあったのか?」

「いや、人型との戦いじゃなくて、今回のことが起きたタイミングなんだけどね。幸善ゆきよし君がいなくなって割とすぐだったでしょう?これって無関係なのかなって思って」

「関係あるのか?」


 頼堂幸善の本部行きが決定し、アメリカに飛び立ってから、まだ日は浅い。その直後に起きていること自体は確かに間違いない。


 しかし、そこに繋がりあるのかと聞かれると、相亀にはピンと来なかったが、佐崎は何か思うところがあったようだ。首を傾げながらも、言葉を続ける。


「完璧にそうとは言えないんだけど、幸善君って確か人型が手を出せないんだよね?結構、存在として邪魔だと思うから、できるだけ要素を減らしたタイミングで、今回の行動に出た可能性は十分にあると思うんだよね」

「もしそうだとして、それって重要なことか?頼堂がいなくなったら、頻繁に今回みたいなことが起きるってわけでもないだろう?」

「気になるのは起きたことよりも、幸善君がいなくなったタイミングが正確に相手も把握している点だよ。幸善君の近くに人型か、それに通じる存在がいる可能性はないの?」


 その可能性を目の前に出され、相亀と水月は少し顔を見合わせた。同じ隊に所属していることもあり、幸善の抱えた問題は一通り聞いている。その中にどのような可能性が含まれているかも把握している。


「確かに近しいところに監視する存在がいる可能性はあるらしい」

「ただ特定が難しいのと、大きな動きが確認できてないから、Q支部も重要視してないところはあると思う」

「そこをそろそろ探す必要があるかもしれないね。どこまで近しいか分からないけど、正体を明かさないことで、重要な情報を得ている可能性もあるから」


 幸善の周辺にいる監視を焙り出す。確かにそれはいつまでも放置できる問題ではないが、少しも存在の見えない相手を見つけ出すことはかなり困難だ。必要があると分かっても、そう簡単にできることではない。


 それでも、そろそろ動くべきかと考えている時に、問題の葉様の一言が投下された。


「なあ、昨日はあいつの知り合いもいたんだよな?」

「うん。頼堂君の幼馴染とかもいたよ」

「なら、その中に人型が混じっていて、お前らのスマホが消えたのも、実はそいつの犯行だったりするんじゃないか?」


 葉様のこの一言で病室の空気は完全に凍った。

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