役立たずの兜に花を供える(11)

 先程の花びらとは明確に違い、今回の種は厄野の身体を確かに貫いた。花びらのように厄野が逃れる隙はなく、壁一面の蕾から発射された種は、厄野の身体を貫通してから、地面に着弾している。


 その光景を確認し、確かに厄野を始末できたと思いながら、クリスは少し遊び過ぎたと反省を始めていた。


 仙術以外の戦い方を知らないクリスは、仙術を使用する隙のない接近戦を苦手としている。戦闘が発生した際には、基本的にその間合いに踏み込まれないように立ち回ることを考え、今回もできるだけそのように動いたが、それ以前に厄野はあまり踏み込もうとしてこなかった。

 あの厄野の対応を見るに、厄野はクリス以上に戦闘が得意ではないのだろう。逃げる方に思考が回っていたはずだ。


 その消極的な相手なら、本来、クリスの仙術を本気で扱えば、もっと早くに決着がついていたはずだ。本気で使ってしまうと、奇隠や人型に発見される可能性が高いので、そこまではできないにしても、もう少し短い時間で決着をつける手段はあったに違いない。


 それは分かっているのだが、状況の優位性が分かってから、クリスは少し珍しい戦い方をしようと考えてしまった。悪い癖だと分かっているのだが、自分の力の普段使わない部分を、ここでは使えるかもしれないと思った時に、歯止めがうまく利かなかった。


 ここは直さなければいけない。そう反省しながら、クリスは壁一面の植物から仙気を回収し、枯らしていこうとする。ここに植物を残したら、証拠を残すことになってしまう。


 しかし、その前にクリスは異変に気づき、思考と行動を止めた。目の前の光景を見つめ、ゆっくりと目を見開いていく。


 そこには身体を貫通されたはずの厄野が。それも直立のまま立っているわけではない。踏み込もうとして、、その場所に立っている。


 その通常はあり得ない光景に何が起きたのかと思い、確認するために一歩踏み出したところで、クリスの視界から厄野の姿が消えた。


 その時に起きた変化から、さっきまでそこに見えていた厄野の正体にクリスは気づき、唇を噛み締めた。


「クソッタレ……」


 悔しさをそのままに言葉として吐き出し、クリスは壁一面の植物から仙気を奪って、証拠の隠滅を始める。


 クリスは既に気づいているが、そもそも、クリスが種を飛ばして、厄野の身体を貫通した段階で、厄野は

 もっと言ってしまうと、そこに


 だが、クリスには厄野の姿が見えていた。その正体がその空間から姿と同時に消え去った感覚だ。


 そこに存在していたのは、厄野の身体を流れるだ。その仙気が厄野の身体を流れている状態のまま、そこに放置されていた。


 仙気を感じ取れる存在は、目と一緒に仙気でも、そこに存在する人間を見ている。それを逆手にとって、自身の体内を流れる仙気をその形状のまま、型取りするように仙気だけを放置することで、そこに人が立っていると錯覚させる。厄野はそれをしたようだ。


 しかし、これは本来、不可能と言える行動だ。本当はそこにいない相手をいるように思わせるには、それだけ仙気の形を本体に合わせないといけない。表面的に取り繕って、量を誤魔化すとしても、形状がそこまで一致させることは不可能に近い。自分自身にそっくりな人形を作る方がまだ簡単な作業だ。


 それを厄野は仙気の完璧な把握能力と、細かな仙気の操作技術を用いて、やってのけた。仙気の総量の問題からも、戦闘を苦手とする厄野が戦闘を回避するために生み出した苦肉の策だ。


 それがクリスに完全に刺さり、クリスは厄野を逃してしまった。今から追いかけようにも、厄野の仙気の隠れ方は既に知っている。逃げた方角が分かれば、その方向に意識を飛ばして、存在しないはずの空間を見つけることで、厄野を発見できたかもしれないが、それも分からないとなると、手段はもうないに等しい。


 クリスは自身の仙術を消し、その場から立ち去ること以外に、残された選択肢はなかった。


 その苛立ちに襲われ、クリスは完全に周囲への警戒を怠っていた。厄野が未だ遠くには逃げず、近くに潜んでいることにも気づけないまま、人混みの中に戻ってしまった。


 そこでがしたことも、クリスは一切気づかなかった。

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