役立たずの兜に花を供える(8)
存在する仙気が自分由来のものなら、自身の内側ほどではないにしても、その所在くらいは感じ取ることができる。植物に吸われた仙気の所在も、手に取るようにというわけにはいかないが、ある程度は厄野も把握できていた。
植物に吸われた仙気は多くが植物本体ではなく、その先で咲く色取り取りの花々に宿っていた。恐らく、花を咲かせる栄養となったのだろう。それは想像がついた。
だが、その仙気を宿した花がクリスの手の上で枯れ、花に宿っていたはずの仙気が消失した瞬間、厄野は化け物という感想を止めることができなかった。
全く厄野の理解の範疇を超え、これはあくまで想像でしかないのだが、クリスは厄野の体内から奪った仙気を花に宿した後、その花を摘み取ることで、その仙気を自身の体内に取り込んだ可能性がある。
もちろん、仙人が他人の仙気を体内に含んでも、一部の例外を除き、特に大きな影響は出ない。それは分かっている。
だが、他人の仙気を能動的に取り込み、自身の力に還元しようとする仙人を、厄野はこれまでに見たことがなかった。
理論的には不可能ではないと思うのだが、効果的に自身の力へと還元するためには、取り込んだ仙気と自身の仙気の相性などもあるはずなので、本来は非効率的過ぎて、実際に利用する仙人はいない。
それをもしも実際に、実戦で使用する仙人がいるとしたら、そこには他の人にはない特徴が存在することになる。
何者とも交わることのできる特殊な仙気を保有しているか、どのような仙気でも自身の仙気に変換できる変換器のようなものを有しているかのどちらかだ。
そのどちらにしても、仙気を奪われ、仙気を利用されることが分かった時点で、厄野は泣くしかなかった。勝率は最初から地を這っていたのだが、ここに来て穴を掘り始めたようだ。
クリスの手の上で花が完全に萎れると、クリスは枯れて萎れた花びらを捨てて、路地を囲う雑居ビルの壁面に手を突いた。その手を中心に波紋が広がっていくように、壁面から少しずつ植物が伸び始める。
厄野は一度、それらの光景から目を背けて、路地の外に目を向けてみる。そこは多数の一般人が歩く表の世界で、厄野やクリスがいる路地とは全く違う場所のように見える。
厄野としてはそこに逃げ込みたいが、クリスの力は未知数の部分があまりに多い。攻撃手段も威力も分からない状況で外に逃げ、一般人を巻き込む結果となることは、流石の厄野も望んでいない。
厄野の中で既に方針自体は定まっているのだが、問題はそのための手段の方だ。そちらは未だ答えが見つかることはなく、厄野は頭を回転させ続ける必要があった。
その思考を遮るように、雑居ビルの壁一面に広がった植物が、一斉に壁を彩る花を咲かせた。数え切れないほどの花は状況次第では美しさも覚えるものだ。もちろん、今の厄野にその余裕はない。
寧ろ、さっきの植物の特徴から、厄野はそれらの花が何故咲いたのかという方が気になった。
そして、その答えはすぐに分かった。少し集中してみたら、壁一面の花々から漂う気配に嫌でも気づく。
それは間違いなく、厄野がさっき吸収された仙気だ。それを用いて、花々は壁一面に咲いたらしい。
そこまで分かれば、疑問が湧いてくることは必然的であり、その答えが分かることも必然的だった。
厄野は咄嗟に駆け出し、クリスとの距離を詰めようとする。
攻撃手段が植物に依存している以上、クリス本体を叩くことが最も効果的である可能性が高い。動き出すなら、明確な攻撃を受ける前でなくてはいけない。
その思いからだったのだが、厄野の考えは遅かった。
壁一面に花を意図的に咲かせる必要があるのか。壁一面の花を見た時に、その疑問が自然と湧いてきたが、その花々が仙術であることを考えると、必要性の有無は考えるまでもなく分かり、その理由も想像がついた。
つまり、これはクリスの攻撃であり、厄野は攻撃を受けようとしている状況だ。
そう思ったのが、ほんの数秒前のこと。その攻撃が効果を発揮する前に、クリスを叩こうとした厄野は、気づいた時には雑居ビルの壁にぶつかっていた。雑居ビルが独りでに動き出し、厄野に迫ってきたような感覚だった。
しかし、そうではないことは頬に触れた植物を押しやるように、雑居ビルの壁に手を触れた瞬間に分かった。厄野はクリスを見るために視線を向けようとし、空を見上げる。
「もう無理よ。貴方は真面に動けない」
そう呟くクリスの声は聞こえたが、厄野はその意味が分からなかった。これは仙術関係なく、母国語の違いだ。
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