役立たずの兜に花を供える(7)

 足元に咲いた花を見下ろし、厄野はか細く響く地割れにも似た音に気づいた。雑草の伸びる根元に目を向け、そこで厄野は花が咲いたことに続く驚きを受ける。


 厄野は足に絡んだ雑草を見下ろし、その雑草がコンクリートの隙間を縫うように伸びてきたと思った。


 だが、それを否定するように、厄野の足元では今も猶、雑草がコンクリートの隙間から伸び続けていた。自分達が顔を出せるように、コンクリートの隙間を少しずつ広げながら、だ。


 その強靭さに悪寒を覚え、厄野が足を振り上げようとした瞬間、厄野の足に絡んでいた雑草が一気に茎を伸ばし、厄野の足元で再び幾輪もの花が咲いた。色取り取りの花が咲き、小さな花畑となった足元を、厄野は強張った顔で見つめる。


 その花々がどのような効果を齎すかは分からないが、その花々が咲いた理由は厄野にも理解できた。

 目の前に立つ外国人女性に視線を向け、厄野はそこで女性が不敵に笑っていることを確認する。


 厄野が気づいたように、厄野の足に絡んだ雑草は、そこに立つ女性、ナディア・クリスの仙術だった。


 クリスの笑みにそれを確信し、クリスの笑みを見つめたまま、厄野は足に絡んだ雑草について考え始める。これがクリスの攻撃だとしたら、その性質を考え、対処する必要がある。


 しかし、今、厄野の足に絡んでいる雑草は、厄野の足から自由を奪っているだけだった。コンクリートを破るほどの力なのだから、それだけでも十二分に厄介なのだが、その力を以てすれば、もっと直接的な攻撃ができるはずだ。


 それをしてこないところを見るに、足元の雑草には拘束する以上の効果がないのか、見えない部分で攻撃自体が始まっているか、始まろうとしているのか。厄野は判断するための材料が他にないかと、再び足元に目を向けてみるが、そこでは再び一輪の花が咲くだけで、他に代わったところは見当たらない。


 そう思ってから、厄野は今も猶、増え続ける花々に異変を感じた。


 さっきから花は少しずつ増えているが、足に絡む雑草を増やせるなら未だしも、この花を増やす理由があるとは思えない。厄野の足を拘束している部分は、あくまで茎部分であり、花の部分は何もしていないに等しい。


 その中でも花が増え続けているからには、そこにそれ相応の理由があると考えるべきだ。


 もしかしたら、本当に攻撃が始まっているのかもしれない。そう思った厄野が足元の除草のために、仙気を指先に移動させようとした。


 尾行向きの仙技を主に扱うだけで、厄野は他の仙技を全く使えないわけではない。仙気による肉体強化や仙気の射出など、基礎的な部分の再現自体は可能だ。


 ただし、最低限使えるというレベルであり、それらで戦闘を有利にこなせるほどではない。どちらにしても、戦闘に不向きなことは変わっていない。


 それは分かり切っているのだが、雑草から足を逃がすくらいなら、最低限の仙技でも可能だった。仙気を指先に集めて、その性質を刃物のように変えれば、これくらいの雑草は簡単に切れるはずだ。


 厄野は仙気を集めた指先を足元に伸ばし、足に絡んだ雑草を切り払おうとする。


 その時になって、厄野は自身の仙気の違和感に気づいた。冷静さを何とか取り戻し、自身の体内を覗き込んでみると、そこにあったはずの仙気が確実に減っていることに気づく。


 厄野の仙技は仙気の消費量の低さが魅力の一つだ。どれだけ尾行に用いても、その仙技が大きく減ることはない。


 それに厄野が最後に仙気を確認したのは、鈴木とクリスが接触した現場を撮影するために、人混みの中に入る直前だ。その時点から今に至るまでの間に、仙気が大きく減少する理由は何もなかった。


 ただ一つ、正体不明の攻撃を除けば。


 厄野は咄嗟に指先を伸ばし、慌てて足に絡んだ雑草を切り払った。雑草の隙間から足を抜き、厄野はクリスとの間に距離を作る。


「結構、咲いたわね」


 足元の花を見下ろし、クリスは不敵に笑った。その笑みを見ながら、厄野は自分の体内の仙気を数え始める。


 クリスの仙術は恐らく、巻きついた対象の仙気を奪うものだった。花は仙気によって植物が生育した証であり、厄野の仙気はかなりの量が植物に吸われたようだ。


 ただでさえ、厄野は状況的に不利なのに、戦うにしても、逃げるにしても必要な仙気を奪われてしまった。体内の仙気の残量を数え終えてから、厄野はその事実に顔を顰める。


「さて、下準備はこれで終わり。始めましょうか」


 クリスがそう呟きながら、足元に咲いた花を摘み取った。その花はクリスの手の上で、急速に萎れていく。

 その光景に厄野は泣きそうな顔になりながら、消え入るような声で呟いた。


「化け物だ……」

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