希望の星は大海に落ちる(23)

 しばらく振りに見ることになったが、改めて見ても金属の棒が扉の骨組みだけを作っている光景は異様だった。確かに本部に移動できているのだが、その事実があっても、この骨組みに対する疑いは、完璧には消えてくれない。


「注意事項は覚えているか?」


 骨組みの前に並んで立ったところで、御柱が確認するように聞いてきた。自然とダーカーの声が思い浮かび、それと一緒に幸善は恥ずかしい記憶を思い出す。


「走ってはいけないですよね。覚えてます」


 その時の恥ずかしさを噛み潰し、幸善は軽く赤面しながら答えた。御柱は首肯し、幸善と一緒に骨組みの向こう側を覗き込む。


 特にタイミングを合わせたわけではなかった。幸善も御柱も声を出すことなく、お互いに何となく、このタイミングだと思うタイミングで足を上げて、その骨組みの向こう側に踏み出した。

 それが奇跡的に揃い、二人の足は同時に骨組みを跨いで、二人はそのまま歩いていった。間に骨組みを跨ぐ動作はあったが、行為自体は部屋の中を横切っただけだ。横切って歩いて、骨組みを完全に跨ぎ終えてから、二人は揃って立ち止まった。


 以前もそうだったように、そこに大きな変化は見られなかった。本部でも、骨組みのある部屋は重力が発生している。移動したことを示すように、急に身体の重みが戻ってくることはなく、幸善は以前と同じように不安な気持ちになった。


 ちゃんと成功したのか、と考え始める幸善の隣で御柱が動き出した。向かう先は部屋の中に唯一設置された扉だ。その扉を見ながら、幸善はあの時との違いを思い出す。


「そういえば、ラスさんは?」

「No.10なら、既に施設を去ったそうだ。バンドの仕事があるらしい。こちらも帰りが急だったので、タイミングを合わせることは難しく、見送りはなしだ」


 何となく、幸善はあのダーカーの振る舞いを思い出し、見送りまでしてくれるように思っていた。そのダーカーがいないと聞き、幸善は妙に落胆してしまったが、ダーカーがとてつもなく忙しい人であることくらいは知っていた。

 そもそも、見送りに来てくれると思い込んでいた方がおかしいのだと言い聞かせ、幸善は納得する。


 御柱がパネルを操作して、部屋の扉を開くと、移動が成功したことを示すように、その向こう側には地下通路が伸びていた。

 無事に戻れたことに少し安堵しながら、幸善は御柱と一緒に奇隠の施設に戻っていく。


 ここからは休みなく移動が始まると決まっている。施設に置いていた荷物を持ったら、その次は日本行きの飛行機に乗るために空港へ向かう予定だ。


 幸善は御柱と一度別れて、自分が置いていた荷物を取るために、自分の荷物を置いた部屋に向かおうと思った。


 そこで幸善はダーカーがいないことによって発生する問題にようやく気づいた。御柱と別れた直後、幸善は部屋に向かう途中で立ち止まり、そこで頭を抱えることになる。


 本来、幸善に与えられた部屋自体はあるのだが、その部屋は人型の襲撃で壊れ、幸善が寝泊まりできる状態ではなくなっていた。そこでダーカーの部屋にお邪魔することになり、幸善はダーカーの部屋で過ごしてから、そこに荷物を置いて本部に向かったのだ。


 つまり、幸善の荷物は全てダーカーの部屋の中にあるのだが、ダーカーは現在、この施設にいない。


 そうなると荷物はどうしたらいいのだろうか、と幸善が判明した事実に頭を悩ませていると、施設職員の一人がダーカーの鍵を渡してくれた。あまりに拙い英語で会話を試みたので、正確なところは分からないのだが、どうやら、ダーカーは幸善が困ると思って、鍵を託しておいてくれたらしい。


 幸善はダーカーに対する礼も含めて、その職員に礼を言ってから、ダーカーの部屋にお邪魔し、そこで自分の荷物を受け取ることができた。

 その荷物を手に、受け取ったダーカーの部屋の鍵を返し、幸善は御柱と合流する。


 そこから、ノンストップで車に乗り込み、空港に辿りついたかと思ったら、トイレに向かう暇もなく、幸善は飛行機の中に御柱と並んで座っていた。詳細に語ると、その間に手続き等はちゃんとあったのだが、幸善の体感ではほとんど瞬間移動に近い勢いで、気づいた時には飛行機の座席だった。


「本当に一瞬でしたね」


 辛うじて、空港で土産物を買う時間はあったのだが、その時間も土産物を選ぶにしては短く、幸善はバーゲンセールで商品を買い物かごに突っ込むように、手の届くものを片っ端から買うしかなかった。そのために何を買ったのか、幸善本人にも分からず、ちゃんと土産物として成立するものを買えたのか不安で仕方ない。


「安心しろ。ここからが長い」


 幸善の隣で御柱がそう口にし、幸善は本部を出る前にポールに言われたことを思い出した。


「そういえば、日本で何かがあったって……」


 幸善がそう質問しようとした時になって、タイミング良く、離陸のアナウンスが流れる。


「落ちついてから説明する」


 御柱にそう言われ、幸善は一旦口を閉じて、飛行機が飛び立つまで待つことにした。


 そこから無事に飛行機は離陸し、幸善と御柱を乗せた飛行機はアメリカ上空から太平洋上空に移動する。御柱の説明はそれとほぼ同じタイミングで始まった。


「人型が動き出したことは話したな?」

「Q支部に侵入されたと聞きました」

「その後のことだ。人型の動きが確認されている」

「人型以外?」

「一つは11番目の男の仲間と思われる仙術使いだ。それが日本国内にもいることが判明した。Q支部の仙人と戦闘になったらしい。戦闘自体は引き分けで終わったそうだ」


 パンク・ド・キッドの仲間が日本国内にもいた。確かにそれ自体の驚きもあったが、それ以上に幸善が気になったのは、その話を始める時に御柱が口にした言葉だった。


「一つ、ということはもう一つ、別の動きがあったということですか?それも人型以外の動きですよね?」

「ああ、そうだ。ただし、こちらについては詳細が分かっていない。恐らく、人型が関与していると思われるのだが、それについても証拠があるわけではなく、現時点ではという表現以外に適切な表現もない」

「新種?それはどういう……」


 幸善が質問を口にしようとした瞬間のことだ。幸善は座席が膨らんだように感じ、視線を背後に向けていた。膨らんだ座席が幸善の背中を押しているようで、幸善はどんどんと前傾姿勢になる。


 そのために幸善は自身の背後を見るまで時間がかかったのだが、幸善の隣にいる御柱は違っていた。すぐに幸善の座席に起きた変化に気づき、一瞬、目を丸くしてから、表情を険しいものに変えた。


「頼堂!立て!背中から出てきている!」

「はい!?一体、何が!?」

だ!あのだ!」


 そう言われながら、振り返った幸善の眼前に顔が飛び出してきた。


 それは確かに本部に行くための施設でダーカーと戦い、本部で三頭仙に処理されたはずの人型の顔だった。

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