希望の星は大海に落ちる(7)

 幸善とポールが移動を完了しても、警報はけたたましいままだった。やはり、他に人型がいるのではないかと幸善は考え、自分の知らない本部のどこかが阿鼻叫喚の惨劇に包まれる様子を想像したが、ポールは確認しに行くつもりがないらしい。


「本当に大丈夫なんですか?気づいたら、ここ以外が全部壊れているとかないですよね?」

「ないと思うよ、多分。彼もいるし、大丈夫だよ、多分」

「しつこく付け加えられる多分で、余計に不安になったんですけど……?」


 ポールの言うところの彼が、幸善の逢っていない最後の三頭仙であることは分かっている。三頭仙の実力の高さも確認済みだ。


 しかし、そうだとしても、人型は予測できない相手であり、その中でも特に予測できない相手が本部に侵入している。不測の事態が考えられるというか、不測の事態しか想像できない状況に、ポールの余裕さが浮いて見えて、幸善の不安は余計に掻き立てられた。


 本当に大丈夫なのかと幸善は再度言いそうになるが、ポールによって移動してきた目的は心配することではない。それを思い出させるためだったのか、幸善の不安そうな様子に対応することが面倒になったのか、恐らく後者だと思うのだが、ポールが一度、手を叩いた。


「そんなことよりも、そろそろ、本題に入ろうか」


 そう言いながら、ポールは部屋の中に無造作に置かれていた物を左右に退け、それなりに広い空間を作った。幸善とポールが移動した先の部屋は、それまでの部屋と比べると広く、Q支部の演習場のような部屋なのかと幸善は思ったのだが、どうやら、そういうことでもないようで、物置の方が近いらしい。


「説明はするけど、暴れるようなことはしないでね。壁とか丈夫じゃないから、変な暴れ方したら、二人共死ぬから」


 満面の笑みと共にポールは忠告してきたが、あまりに内容にそぐわない表情に幸善は笑えなかった。泣く子も黙る恐ろしさだ。


「さて、じゃあ、まずは最初に確認だけど、君は気づいているかな?自分の使う仙術がであることに」


 完成、未完成、という概念に落とし込むことができるのか分からないが、自分の仙術が三頭仙の仙術と比べた時に、大幅に劣っていることは既に理解できていた。


 もっと言ってしまえば、幸善の仙術は妖怪の使う妖術と比べても、特別に強い方ではない。相手の油断や他の味方のサポートが絡めば別だが、基本的に単独で相手する分には物足りない状況が多過ぎる。

 幸善が首肯すると、ポールは手を叩いて、OKと口にした。


「じゃあ、何が足りないのか。その部分は既に君に見せたけど、仙術には本来、変化と呼べる部分が存在するんだ。もう少し具体的に言えば、自身に影響を与える力だね」

「あの攻撃がすり抜けた奴ですよね?あれって強過ぎませんか?」

「ううん。まだあれでも、力としては弱いよ。例えば、人型の使う妖術なら、あそこから相手を一撃で葬ることができると思うよ。少なくとも、愚者はそうだね」


 ポールは簡単に説明していたが、その簡単な説明が幸善に与えた衝撃は凄まじかった。


 自分から見て、圧倒的な高みにいると思っていたポールから見ても、愚者は別次元に強いと言っているようなものだ。それを止めると約束したばかりの幸善からしたら、その決意を正面から殴られた気分になる。


「そもそも、仙術って言うのは、仙人が妖怪と対等に渡り合うための力なんだよ。今は仙技があるからややこしいけど、仙技は仙術を簡単に、誰にでも使えるようにした物。ジェネリック……というか、インスタントかな?」

「仙技では不十分なんですか?」

「相手のレベルにも依るけど、基本的にはそうだね。何故かと言うと、妖怪と仙人には大きな隔たりがあるんだよ」

「隔たり?」

「気の親和性だよ」


 気の親和性、とポールは意味深に表現したが、幸善の理解は全く追いついていなかった。親和性の親和が、幸善の頭の中では神話に置き換えられ、何か神秘的な話が始まるのかと考えていたほどだ。


「大丈夫?分かってる?」


 それを表情から察したらしいポールが、幸善の眼前で右手を振るった。意識確認だ。


「大丈夫です。神話でも寓話でも何でも来いです」

「うん、大丈夫じゃないね。親和性。馴染みやすさとか、そういう風に考えてもいいよ」


 別の言葉に置き換えられ、ようやく幸善はポールの言いたいことが分かったが、分かっても理解できたと言うには足りず、余計に首を傾げることになる。


「気の馴染みやすさって、どういう意味ですか?」

「ほら、思い出してよ。妖怪と仙人って明確に違うポイントがあるでしょう?」

「明確に違うポイント?」

「寿命だよ」


 寿命と言われて、幸善の頭の中でグリズリーが起き上がった。テディは既に二千年ほど生きていると言っていたが、普通の人間がそれだけ生きることはなく、仙人もそれだけ生きた人がいるとは聞かない。


「あれはね。妖怪の身体が妖気と混ざり合っているから起きる現象なんだよ。妖気によって命そのものが引き上げられている。もちろん、フォースみたいにそれが原因で、死にかけることもあるから、一長一短なんだけどね」

「妖気が命に繋がっているって、そういう部分にも関わっているんですね」

「そういうこと。それで仙人はその妖気と繋がっている妖怪の妖術を相手にするために、自分達の仙術を強くする必要があったの。そこで導き出した答えが、仙気を同様の方法で肉体に還元すること」

「あっ、もしかして……」


 そこまでの説明を受けて、幸善の中で一つだけ合点がいくことがあった。ポールの顔を指差し、幸善は失礼という概念を忘れたように口にする。


「その猛烈な若作りもそれが原因ですか?」

「ハハハ。殺しちゃうよ?」


 一瞬でポールの表情から笑みが消え、幸善は顔を青くした。

 その瞬間の幸善が得た恐怖は、人型を相手にしている時の物よりも遥かに大きく、頭の中で遺書を書きそうになるほどだった。

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