希望の星は大海に落ちる(6)

 雷の名に恥じぬ速度で、ポールが肉塊を調理した同時刻。同様の肉塊が他に三体、本部内に出現していた。ポールが調理した肉塊がそうだったように、それら三体の肉塊は本部内の通路にて人の形となり、速やかに移動を開始しようとした。


 しかし、それは物の数秒で停止した。理由は簡単である。壁が出現したからだ。


 宇宙という特殊な立地に本部がある以上、不測の事態は妖怪が絡まなくても起こり得る。それで奇隠の本部が全滅しては、その場所に建設した意味がないからと、何かが起きた際にブロックごとに隔離する仕組みが本部にはあった。


 それが隔離壁だ。それらで通路を隔離し、仮に本部の一部が損壊しても、空気を含む様々な物が宇宙に投げ出されないようになっている。


 今回はそれを使用し、肉塊の進行を防ぐことに成功していた。

 もちろん、肉塊は破壊しようと手足を伸ばし、何度も壁に肉を叩きつけていたが、肉が柔らかくなることはあっても、壁が簡単に破壊されることはない。それができる程度の強度だと、不測の事態に備えられない可能性があるからだ。


 隔離壁が三体の肉塊の進行を止め、その全面で肉による暴力を受け止め始めてから数分。ポールが既に肉塊の調理を完了していた頃のことだ。

 その隔離壁の内の一枚。一体の肉塊を止めていた隔離壁が突然、開き始めた。


 もちろん、肉塊による肉の暴力に降参したわけではない。隔離壁は肉の暴力で傷だらけになっても、一切破損する気配はなかった。


 それが開いた理由は簡単だ。壁を隔てて、肉塊の正面に立っていた人物が、その隔離壁を開いたからだ。


 隔離壁が開くと同時に、再び動き出そうとした肉塊が、そこに立っている人物と目を見合わせて停止する。


「これが侵入者か?人型と聞いていたが、ただの化け物じゃねぇーか」


 初対面の肉塊に対する暴言を吐きながら、一人の男がつまらなさそうに肉塊の正面に立ち塞がった。それがただの人や仙人なら、さっきの隔離壁や車に対する三角コーンほどに、肉塊を止める力はなかったかもしれない。


 しかし、そこに立った人物は、ただの人でもなければ、ただの仙人でもなかった。


 その証明を男にさせようと肉塊が考えたことはなかったが、奇しくも、その証明をさせるために行ったかのようなタイミングで、肉塊は男に対して両腕を振り下ろした。長く伸びた腕は鞭のようにしなり、男の頭上の一点を狙って落下する。


 それが衝突する直前、男は自身の頭上を横切る形で手を動かした。起きているか確認するために、目の前で手を動かすような動きだ。


 その動きで指先が軽く、肉塊の両腕に触れた――瞬間、両腕は綺麗に切断され、二つ合わせた磁石がずれるような動きで、男の手前と奥に落下した。


 その間も男は一切の変化を見せることなく、つまらなさそうな表情で肉塊を観察していたが、元の長さに戻った肉塊の両腕が変わらぬ形であることに気づくと、少しだけ表情を変えた。


「切ったはずだが、元に戻っているな。マジックか?」


 冗談か本気か分かりづらい表情で呟く男の背後で、さっき切断された両腕の先が、ゆっくりともう一体の人型を作り出していく。


 その気配に気づいた男が振り返り、その様子に一瞬、驚いたように目を丸くしてから、さっきまでのつまらなさが吹き飛んだように、小さな笑みを浮かべた。


「おお、そうか。そういう仕組みか。つまり、バラしたらダメなわけだ。いい感じの縛りじゃねぇーか」


『お前は何者だ?』


 男の背後で人型が完成し、前面にいる人型と一緒にステレオ音声を口から流した。聞こえ方の気持ち悪さに、男は耳の穴を穿りながら、左右の人型の位置を確認するように何度も見比べている。


「ニック・オーガ。


 その返答に反応し、左右の人型が何かしらの動きを見せた。


 だが、それは何かしらの動きでしかなく、その動きが何であるのか、ニック・オーガが知ることはなかった。


 その何かしらの動きが完了するよりも先に、オーガは把握した位置関係を頼りに、そっと左手を右から左に振っていた。


 その直後、二体の人型は動き出した体勢のまま、全身が炎で包まれた。香ばしい匂いと煙を立たせながら、二体の人型は動き出した体勢のまま、その場に倒れ込む。


 少しして、本部内の装置が稼働し、天井から人工的な雨が降り始めた。それでも炎は消えることなく、人型の身体を炭に変えていく。


「何だ……少しは期待したんだが、やはり燃やしたらダメなタイプか……なら、俺との相性は最悪だな」


 そう呟き、オーガは頭を掻いた。

 その表情は再びつまらなさそうなものに変わっていた。

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