希望の星は大海に落ちる(2)

 皇帝ジ・エンペラーとの対面を終え、幸善は再び牛梁うしばりあおいと一緒に廊下を移動していた。


「回復は見込めないんですか?」


 さっきの皇帝の姿を思い出し、幸善が質問すると、葵は柔らかな笑みに、仄かに苦さを混ぜた。ぽりぽりと頭を掻いて、小さく首を傾げる。


「はっきり言いたくないのだけど、回復は見込めないね。一番の問題は妖気を消耗していることなんだけど、その消耗した妖気を回復する手段がないんだよ」

「その手段を見つけられたら、大丈夫ということですか?」

「そうだけど、そう簡単には行かないんだよ。今のままだと、フォース様の命はどれだけ持っても一年が限界だ。その間に妖気の回復手段を見つけることはほとんど不可能なんだ」


 ぽりぽりと自身の頭を掻く腕を、もう片方の手で掴んでいた葵は、その説明をしながら、袖がしわくちゃになるほどの力をその手に込めていた。

 その力の入り方を見たら、葵がそのためにどれだけ動いてきたのか、幸善にも理解できた。それが結果を実らせなかった事実に、どれだけ悔しい思いをしているのかも分かってしまう。


「手段を見つけることも難しいんだけどね。弱ったフォース様の身体には、俺達の仙気も毒になってしまうんだ。長時間一緒にいられない以上、その難易度は跳ね上がってしまう。その壁を俺は越えられなかったんだよ」


 恐らく、葵は何を求められているのか、はっきりと理解した上で、この本部にやってきたはずだ。その役割を果たす自信も、どれくらいかは分からないが、あったことは確かなはずだ。何かできることは少なくともあると思い、葵は皇帝の前に来た。


 しかし、そこで成せたことは、皇帝の命を引き延ばすことだけで、それ以上のことはできなかった。それが現在進行形の悔しさとして、葵の心を覆っていることは、葵の表情や語り方から察することができた。


「情けないだろう?あかねが憧れている俺は、こんなに無能なんだよ」

「そんなことありませんよ。助けられる相手に手を差し伸べる。その相手が仮に妖怪だとしても、その気持ちに変わりはなく、助けようとしたから、今のお兄さんの後悔はあるんだと思います。そういう気持ちを懐ける部分に、きっと牛梁さんは憧れているんだと思いますよ」

「ああ、そうなんだ……だとしたら、茜は生きづらい道を選んでるね」

「その道を先に走り出した人がそういうことを言わないであげてください」


 幸善のツッコミに葵は小さく吹き出した。

 牛梁茜はその姿に誇ることこそあっても、無能だと落胆することはないはずだ。それは幸善が見てきた、これまでの牛梁の姿が証明している。


 そのことに自信を持って、幸善が葵に答えていると、葵は一つの扉の前で停止した。それに続き、少し行き過ぎてしまったが、幸善もその場所に停止する。


「ここが君の部屋だよ。本部への扉がある施設に泊まっていたのなら、少し寂しく見えるかもしれないけど、各国の支部のように立地的にこれが限界なんだよ」


 申し訳なさそうに言いながら、葵が開けた部屋は、確かに幸善がQ支部で見た覚えのある部屋に似ていた。向こうは地下で、こっちは宇宙だ。その限りのあるスペースだと、これ以上に広げることはできないということだろう。


「部屋を与えられるんですね。もうここに来た目的は終わったのかと思いました」

「確かにフォース様のお願いは終わったけど、それだけを言うには少し遠くに来過ぎたと思わない?聞いたところによると、ポール様はまだ君に用事があるそうだよ」

「あの人が?」


 幸善は驚き狂うほどに実年齢と見た目にギャップのあるポールを思い出した。三頭仙の一人であるポールが自身に何の用事だろうかと思うが、それも皇帝のお願いを経過していると、少し驚きとしては薄くなっている。


「取り敢えず、部屋でゆっくりと休んでいてよ。ここの部屋にいることは知っているはずだから、時間が空いたら来ると思うよ」

「そうですね。分かりました」


 案内してくれた葵に礼を言い、与えられた部屋に一人で残った幸善が、本部に来てからの怒濤のような時間を忘れ、落ちつくためにベッドに寝転んだ。部屋には明かりと一緒に、重力装置のスイッチもあり、それを押すことで部屋の中が地球上と変わりない状態になるようだ。

 横になるには少しの重さがある方がいいと思いながら、ベッドで横になった幸善が目を瞑ろうとする。


 その寸前、幸善の部屋の扉から、こんこんと軽く板を叩くような音が聞こえ、幸善は顔を上げた。誰かが来たようだ。


「はい」


 幸善が声をかけると、扉がゆっくりと開かれ、そこに立っていた人物が顔を覗かせた。


「少しいいか?」


 そう聞いてきた人物は、御柱だった。

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