希望の星は大海に落ちる(3)

 今でこそ、御柱と一緒に宇宙に来ている幸善だが、その第一印象は最悪なものだった。もう少しで幸善は奇隠から追い払われ、仙人としての活動ができていなかった可能性もある。


 その印象が今も残っているため、基本的に幸善は御柱に良い印象を持っていない。何かがあれば悪い方から考える癖がついているくらいだ。


 御柱と本部の中で別れたのは数時間前のこと。三頭仙の一人であるポールに呼ばれ、その案内を受けて移動したという理由はあるが、それでも、御柱が急に消えた幸善をどう思っているのかは分からない。

 幸善一人で向かう必要があったと説明しても、御柱が納得するかは分からない。


 幸善は部屋の中に入ってきた御柱を見ながら、咄嗟に頭の中で計算を済ませ、この場に最適な対応を取ることにした。


「急に消えて、すみませんでした!」


 幸善はベッドに手足をつけて、勢い良く頭をベッドに打ちつける形で土下座した。


 第一印象から膨らませた幸善の中の御柱は、幸善にどのような理由があろうとも、幸善が急に消えたことを許さなかった。激怒し、噴煙を撒き散らす姿が、幸善の頭の中を支配し、幸善に遺された選択は謝罪以外になかった。


 しかし、流石にそれは行き過ぎた妄想だった。


「いや、ポール様が案内したことは聞いている。何があったのか話せる範囲で聞こうと思って来ただけだ。別に怒っているわけではない」


 御柱の戸惑い交じりの声を聞き、幸善はベッドにつけていた額をゆっくりと上げた。恐る恐る、御柱の表情を窺うように目線を上げてみると、声に比例して戸惑いを顔に張りつけた御柱と目が合う。


 本当に怒っている様子はなさそうだ。そう思った幸善がようやく顔を上げると、御柱は腹の底に停滞していた空気を入れ替えるように、深く重い溜め息を吐いた。


「お前にどう思われているのか良く分かった」

「い、いや……別に……多分、気のせいですよ……」


 初対面の人間が見ても誤魔化しと分かる言い方で、幸善は誤魔化そうとするが、それで誤魔化せる相手は純真無垢な子供か、幸善に傾倒する妄信者くらいだ。御柱はそのどちらにも該当しないので、それで誤魔化せるはずもない。


「まあ、いい。それより、できる範囲でいいから話せるか?」


 部屋の中に入ってきた御柱に頼まれ、幸善はポールに案内された後のことを思い出すが、そこで手に入れた情報の多くは無闇矢鱈に口外できない内容だった。

 愚者ザ・フールの過去もそうだが、皇帝の話もどこまでしていいものなのか、幸善は全く分からない。


 取り敢えず、確定で話せる内容としては、幸善の体内に妖気が混ざっている理由は分かった、ということくらいだ。

 それ以外のことはあまり話せないと説明され、御柱は明らかに眉間を顰めていたが、奇隠の機密にも関わるところと言われ、御柱が踏み込めるはずもない。無理矢理に納得したことにして、御柱は大きく頷いていた。


「分かった。そこまでしか話せないのなら、それ以上は聞かない」

「そ、そうしてください。正直、どこまで話して許されるか分からないので」

「まあ、ポール様が直々に案内されたくらいだ。どこまで踏み込んでいても驚きではない。それより、身体のことが分かったというが、家族の件はどうだった?」

「家族……あっ……」


 そう言われ、幸善は本部を訪れる前に御柱から言われた可能性の話を思い出していた。


 幸善の体内に妖気が混ざっているのは親が妖怪と関わっているからではないか。仮に関わっていなくても、何かしらの影響によるものなら、妹である頼堂千明ちあきも同様の状態になっている可能性はないのか。そういう可能性だ。


 今回、幸善の体内に妖気が混ざっている理由は、愚者と皇紀すめらぎ久遠くおんの血を引いているからのようだが、その特徴が幸善だけに現れたと確信できるものはない。母親である頼堂千幸ちゆきや千明に、幸善と似た特徴が見られた瞬間はないが、それでも完全に否定できるものではない。


「妖気が混ざっていたことは妖怪の声が聞こえることにも関わっているみたいなんですが、それを理由に家族が騒いでいたことはなかったんです。ただ声が聞こえていないのか、俺以外の前だとノワールが喋っていないだけなのか、確認していないので何とも言い切れません」

「そうか。なら、帰ってから確認してみるといい」

「はい。そうします」


 返事しながら帰国した後のことを考えていた幸善は、この部屋に到着するまでの間に、葵から聞いた話を思い出していた。


「そういえば、その俺を案内してくれたポール様が俺にまだ用事があるそうなんですけど、御柱さんは何か聞いていないですか?」

「ああ、それなら、簡単には聞いているが……詳細は本人から聞く方がいいだろう。俺が説明するよりも信じやすいはずだ」


 御柱が説明したからと言って信じにくいわけではないのだが、その言葉に棘が含まれていることは流石の幸善にも分かり、幸善は苦笑いと共に辛うじて否定の言葉を言うことくらいしかできなかった。多分、御柱はさっきの幸善の対応が気になっている。


「俺の部屋を教えておく。本部内を移動する際に通訳が必要なら訪ねてこい。それが今回の仕事だ」


 話を終え、部屋を立ち去る前に、御柱が自身の宿泊する部屋の場所を教えてくれた。部屋の中にメモ用紙はなかったのだが、使えるかもしれないと思い、持ち込んだスマホがあったので、幸善はそこに御柱の部屋の場所を記録した。


「じゃあ、後は頑張るんだな」


 最後にそう言い残し、部屋から立ち去る御柱を見送り、幸善は何を頑張るのかと首を傾げた。

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