希望の星は大海に落ちる(1)

 眼光鋭く廊下の隅々まで見渡す一人の男がいた。すれ違う人々はその姿に恐怖し、肩を竦めて通り過ぎようとしている。その時に舌打ちでも漏らそうものなら、途端に身体をビクつかせ、全員が足を止めるほどの圧だ。


 隠せない苛立ちを抱えた男の名は、御柱みはしら新月しんげつと言った。遥々日本から宇宙にやってきた仙人で、本来なら宇宙を訪れた目的を果たしている頃なのだが、その目的からほんの少し目を離した隙に、その目的を完全に見失っていた。


 いかにも目的が迷子になってしまったかのように語ったが、実際のところ、その目的は迷子になっているのだ。


 頼堂らいどう幸善ゆきよし。同じく日本から宇宙にやってきた仙人で、その案内や通訳が御柱の目的だったのだが、その幸善はほんの少し目を離した隙に姿を消し、今は完全に行方不明状態だった。


 幸いにも、ここは宇宙だ。迷子になるにしても限界がある。

 確実にこの建物内にいるはずなのだが、どこに勝手に行ったのだろうか、と御柱は今も猶、止まる所を知らない苛立ちを抱えながら、廊下をひたすらに移動していた。


 その途中のことだった。だから、仕方がない、という気持ちも少しはある。


「あ、いたいた。ようやく見つけたよ」


 聞き馴染みのある言葉を発しながら、自分の肩を掴んできた人物に対して、御柱は苛立ちを隠すことなく、鋭い視線を向けていた。

 それが過ちであることに気づくまで時間はかからず、それに気づいた時には相手がぎょっとした顔で御柱を見つめていた。


 その瞬間、御柱の顔は真っ青になった。少し前の幸善は気づかなかったようだが、御柱はもちろん、その顔を把握している。


 それが三頭仙さんとうせんの一人、ハリー・ポールであることはすぐに分かった。


「な、何か、ごめん……」

「いや、そういうつもりではなく、その……」


 御柱は瞬間的に頭を回転させ、何か言葉を探したが、あまりの動揺に回転する頭は完全に真っ白になっていて、何も言葉が出てこなかった。


 奇隠よりも日本政府寄りの仙人である御柱だが、奇隠に所属する仙人であることに変わりはなく、その立場がある以上、その奇隠のトップを務める三頭仙の力は絶対だ。逆らうつもりはなくても、逆らうような素振りを見せてしまったことを、問題だと考えないはずがない。


「た、大変失礼しました!」


 真っ白な頭で考えることを中断し、御柱は勢い良く身体を折り曲げていた。その反動で御柱の身体は宙に浮かび、背中がゆっくりと天井に近づいていく。


「あ、う、うん……機嫌が悪いわけではないみたいだね……」


 苦笑するポールに言える言葉がなく、御柱は再び着地しながら、縮こまっていた。


「ああ……ちょっと大丈夫かな?話したいことがあるんだけど」

「話したいこと、ですか?何でしょうか?」

「幸善のこと。急にいなくなって、驚いたでしょう?」


 ポールの一言に御柱は目を見開いた。幸善がいなくなったことに驚き、苛立っていたことは事実だが、それをポールが知っているとは思わなかった。


「頼堂のことを何か知っているんですか?」

「ああ、うん。だって、案内したの、私だからね」

「案内?ポール様が?」


 幸善がいなくなったことにポールが関与していることは分かったが、その実、どのように関与しているのか、理由のところは今一つ理解できていなかった。


 三頭仙であるはずのポールが幸善を直接案内する事態など、御柱には想像もつかない。


「その辺りの詳細はいろいろと事情があって話せないんだけど、聞けるところは本人から聞いてよ。私は幸善を案内したという事実を伝えるだけのつもりだったから。だから、もしも本人と逢っても、急にいなくなって叱ったりしないであげてね」


 ほんの少し前までの御柱なら、確かに幸善が姿を現した瞬間、抱え込んだ苛立ちの全てを放出する勢いで怒鳴りつけるつもりだったが、事情が判明した今となっては、それも理不尽でしかないことは分かっていた。


 命令でこそないだろうとは思うが、ポールに言われて、そういうわけにもいかないと言えるほど、御柱の心臓も強くはない。


「それは分かりました。ですが、ポール様が直接報告に来られなくとも良かったのでは?」


 事情さえ分かれば御柱も理不尽に怒ることはない。苛立ちも適当に噛み潰すだけの余裕はある。


「ああ、もう一つ、用件があったからね」

「もう一つの用件、ですか?」

「そう。聞いてるよ。あの11番目の男ジャックの島に踏み込んだんだよね?」


 その一言に御柱は神妙な顔をした。


「はい。そうです」

「その話をね、聞きたいんだよ。いいかな?」


 ポールに言われたからというわけではなく、元からその報告も頭にあって、御柱は今回の一件に同行した部分がある。

 首を縦に振らない理由がそこにはなかった。


「じゃあ、移動しようか。幸善を待つ時間もあるだろうしね」


 廊下を移動し始めたポールに続いて、御柱も移動を開始した直後、背中に不思議な感覚を覚えて、咄嗟に振り返る。


 ほんの一瞬だが、悪寒に似た感覚を覚えたのだが、そこには特に何もなく、御柱は気のせいかと思い直し、再びポールの後に続くのだった。

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