熊は風の始まりを語る(24)

「その後、No.0は他の人型と合流し、人間を滅ぼすための行動を始めた。他の人型も生きづらさを感じていたことは確かだ。そこから解放されると分かり、No.0の考えに賛同するものばかりだった。唯一人、No.0と同じく久遠を喪う悲しみを負ったはずのNo.4を除き」

「皇帝はどうしたんだ?」

「No.0と敵対する道を選んだが、No.0には他の人型がついている。それらを完全に止めることはできず、No.4は結果的に袂を分かつことになった。そこからの人型と人間の対立は必要なら話せるが、個人の話というよりも歴史の話になってくる。年表のように語るだけになるが聞くか?」

「いや、それならいい」


 わざわざテディから話を聞かずとも、奇隠の中にまとめられた情報がありそうな話なら、ここで時間を使う必要はない。テディも最初から話すつもりはなかったのか、大きな身体をしならせるように溜め息をつき、そこまで動きっ放しだった口を止めた。


 それを見ながら、幸善は途中からずっと疑問に思っていたことを口にする。今、話そうかと聞かれて、それを断った理由と対比する疑問だ。


「何で、そんなに詳細で、個人的な話をテディは知ってるんだ?」


 テディの話はそこで見てきたかのような話ばかりだった。それこそ、奇隠の中で調べても出てこないような、ここでしか知れない情報が多くあった。


 だが、テディの話の中にテディの存在を感じさせる場面はなかった。そのことに疑問を懐いていると、テディは小さく笑って、こう言った。


「それはそうだ。当事者から聞いているからな」

「当事者?当事者って…久遠っていう人とか、人型とか、そういうことか?」


 そう聞いてから、幸善は反射的にかぶりを振った。その質問をする必要などなく、テディの話には当事者が一人しかいない話があったはずだ。それを思い返せば、その話を誰から聞いたかなど考えるまでもなく分かる。


「もしかして、愚者本人から?」

「そうだ。全てがNo.0から聞いた話ではないが、特に後半はそういうものしか話していない」

「それって、つまり、今みたいに行動し始めた愚者と逢ったということか」

「そういうことだ。最後に逢ってから、既に数年経つがな。まあ、その辺りはここで詳しく話すつもりはない。きっと次に聞くことになる話だ」

「次?」


 テディは愚者が人間と敵対するようになってからも逢っている。その事実も気になるが、その事実を追及するより前に、予防線のように呟いた含みのある発言も気になった。


「次って一体?」


 そのように幸善は含みの正体を突き止めようとするが、それを拒否するようにテディは大きな頭を左右に振る。それから、熊の手を幸善の真正面に突き出し、幸善を落ちつかせるように言ってきた。


「その話よりも、もっと聞くべきことがあるはずだ。ここに来た目的を忘れたのか?」

「目的…?ああ、そうだった!俺の身体のことだ!」


 忘れかけていた重大な目的を思い出すと同時に、幸善はそこまでの愚者の話を思い出し、もう少し早い段階で思うはずの疑問を懐いた。


「あれ?今の話って聞く必要あった?何か関係してくるのかと思ったけど、完全に時間の無駄じゃない?」

「いいや、無駄じゃない。重要なのはここからだ」


 そう言ってから、テディはゆっくりと立ち上がった。部屋の片隅に移動したかと思うと、そこで何かを拾い上げ、幸善の前まで持ってくる。


「これを見てみろ」


 そう言いながら、幸善に見せてきた物は古びた写真だった。


 険しい表情をした年配の男性と女性。女性は椅子に座り、男性はその隣に立っている。関係性は分からないが、見るからには夫婦のようだ。


 そして、女性の腕の中にはまだ生まれたばかりに見える赤子が抱かれていた。夫婦の年齢的には実子ではなく、養子か孫という可能性の方が高そうだ。


「これは?」

「映っている男と女は久遠の父と母だ。撮影された時期は久遠が亡くなったという報告を受けた一ヶ月後。当時はまだ悲しみの中にある頃だな」

「ああ、だから、こんなに険しい顔を……あれ?でも、そうだとしたら、この赤子は?」


 そう質問し、顔を上げた幸善の前で、テディは一切の冗談を言う気配もなく、真剣な顔でこう言った。


だ」

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