憧れよりも恋を重視する(33)

 今すぐに必要なわけではないのだが、手元にないと何故か落ちつかない代表格、スマホ。それをどこに置いたか分からなくなり、相亀は軽くパニック状態に陥っていた。


(あれ?どこに置いたっけ?置いた?ていうか、スマホを出した?え?持ってきてない?家?家に置いてきた?そんなことある?いや、ない!絶対にない!持ってきてはいるはず…え?なら、どこ行った?置いたの?部屋に入ってすぐに?無意識で?そんな不用心なことある?いや、ないだろう…となるとポケット?いや、でも後ろポケットにないと他のポケットはないだろう…え?待って?落とした?その可能性あるか?うわっ…ないと思いたいけど、かなり可能性が高いわ…マジか…落とすはやばいな…こういう場合ってどうしたらいいんだろう?取り敢えず、警察だよな…つーか、奇隠にも一言言わないと、連絡つかないとか影響出るわ…)


 きょろきょろと不審者のように部屋の中を何度も見回しながら、相亀はスマホの行方を想像し、そのように一人で落ち込んでいた。


 希理加に揶揄われていた時とかは、生か死かという瀬戸際にいたので、スマホどころではないと一切存在について考えていなかったが、それ以外は常にスマホのことで頭が一杯だ。


 もしかしたら、落としたかもしれないと可能性に気づいてからも、心のどこかで無意識の裡に置いたのではないかという希望を捨てられず、部屋の中を引き続き捜索してしまう。


 その視線に気づいたらしく、穂村が不思議そうに相亀に声をかけてくる。


「相亀君?どうしたの?」


 相亀はスマホがどこかにないかと部屋の中を見回していたので、その声をかけられる瞬間まで、穂村がどこにいるのか気にしていなかったのだが、その声に気づいて振り返った瞬間、思っているよりも踏み込んだ位置に穂村がいて、相亀は跳ぶ勢いで驚いた。


「うおぅ!?穂村!?そこにいたのか!?」

「え?あ、うん。ごめん。驚かせた?」

「い、いや、大丈夫…大丈夫だ」


 女性が苦手な相亀だが、近くにいる人に驚いた上に近づくなと言うことの失礼さくらいは理解している。冗談として成立する間柄なら未だしも、穂村相手にそれを言うわけにもいかない。


「そ、それで、何だ?」


 押さえ切れない動悸に襲われながらも、何とか取り繕って質問すると、穂村が再度、相亀の様子を訊ねてきた。


「何か探している様子だったから、どうしたんだろうって思って」

「ああ、いや、スマホが見つからなくて。どこに置いたんだろうって思って」

「え?相亀君も?」


 その驚いた声は穂村からではなく、その近くで二人の会話を聞いていた水月から発せられた。

 その声に反応して、相亀が視線と指を水月に向けてみると、水月から頷きが返ってくる。


「水月もかよ…いや、いろいろ考えたんだけど、かなり落とした可能性が高いから、どうしようかと思ってたんだよな」

「ああ、そうだよね。私も落としたかもしれないって思って、かなりショックを受けてたところだよ」


 苦み成分多めの苦笑を浮かべ、水月が困ったように言った。


 やはり、現代社会において、スマホを落とすということは重大な事件だ。眼球を片方落としたくらいの問題があると言っても過言ではない。


 それに加えて、相亀や水月には仙人としての仕事がある。その連絡手段もスマホに頼っていた現状を考えると、これはもう両腕が腐り落ちるくらいの問題と言っても過言ではない。


 二人がそのように落ち込み、これからどのように対処するのが正解かと話し合おうとしていると、そこに割って入ってくる人がいた。

 我妻だ。


「あ、すまない。さっきスマホを落として渡そうとしたんだが、話している最中で取り敢えず、預かっていたことを忘れていた」


 そう言いながら、我妻は手元から二台のスマホを取り出した。


 スマホケース。画面の状態。ホーム画面の画像。全てが相亀と水月のスマホであることを証明している。


「お、俺のだ…良かったぁ…」


 ホッと胸を撫で下ろす相亀と水月の隣で、我妻は申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「すまない。家の衝撃で完全に忘れていた」

「いや、拾ってくれてありがとう。助かったわ」


 我妻に礼を言う相亀の隣で、水月が慌てたように相亀の肩を叩いてきた。その手が肩に触れる度に相亀は全身に電気が走ったように驚き、真っ赤に赤面した状態で水月を見やる。


「何だよ!?叩くなよ!?」

「相亀君!」


 そう言いながら、水月が突き出したスマホの画面を見て、相亀は慌てて自分のスマホに目を落とした。


 そこには奇隠からの通知が大量に表示されていた。


(何かあった!)


 一瞬で理解した相亀と水月はアイコンタクトを取ってから、その場にいる全員に目を向ける。


「ちょっと悪いんだけど、俺と水月はバイト先から急な呼び出しがあって行かなくちゃいけなくなったわ」

「え?そうなのか?大丈夫か?」

「ああ、うん。まあ、大丈夫だとは思う」


 驚いた表情の椋居の質問に答えながら、相亀は心の中で願うように大丈夫と口にしていた。


 これだけの通知が来るからには何かが起きたと考えるべきだ。幸善絡みなら冲方から連絡が来るはずなので、Q支部からの通知があることを考えると、Q支部の管轄内で何かが発生したと考えるべきだろう。


 それが良いことなのか、悪いことなのかはその量を見たら分かる。最悪のケースを想定すると、意識していても嫌な表情をしてしまいそうだ。


 その二人の様子を感じ取り、唯一、奇隠の存在を知っている穂村が二人に小声で話しかけてきた。


「気をつけてね…」


 その一言に二人は頷き、揃って飛び出すように羽計の家を後にしたのだが、その後になって、その場に生まれた新たな問題に東雲が気づいた。


「あれ?だけど、二人が帰ると穂村さんが一人になっちゃうよね?大丈夫?」

「確かに。慣れない道だろうし、一人で帰るのは危ないな」

「いや、私は大丈夫だから」

「はいはい!そんなこと言わない!」


 心配させないように大丈夫と言い張ろうとした穂村の前で、羽計が数回手を叩いた。


「こういう時は任せなさい。羽村さんにお願いしよう」

「羽村さんってさっきの?いや、でも、悪いから」

「大丈夫大丈夫。羽村さんは私達くらいのお孫さんがいて、いろいろと質問したい時期らしいから、逆にお願いするくらいだよ」


 穂村は頻りに遠慮していたが、羽計はその遠慮を超える勢いで、羽村に送らせることを推してきた。その勢いにいつまでも逆らうことは難しく、ついには穂村が折れて、素直に送られることに決定する。


「よし!これで解決!」


 鼻高々に宣言する羽計を前にして、穂村は普段の相亀がどのような苦労をしているのか、何となく理解した。

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