憧れよりも恋を重視する(32)
Q支部の入口となる開かずのトイレ。それのある公園から少し離れた地点にて、二人の男が倒れるように座り込んだ。周囲を確認するように見回してから、一人が大きく項垂れる。
「想定よりも満身創痍だな」
不意に声をかけられ、二人の男は揃って顔を上げた。二人の近くには、仁王像の片割れを彷彿させる屈強な男が立っている。
「申し訳ない、No.7」
薫が苦笑を浮かべながら、軽く手を上げて謝罪した。
Q支部に侵入した以上、逃走方法も事前に考え、薫はそのための妖気を温存していたのだが、特別留置室前での戦闘が想定よりも長引いたことに加え、逃走経路に考えていた場所には序列持ちの一人である秋奈がいた。
その状態から完璧に逃げ切るためには、想定していたものよりも妖術の度合いを強くしなければいけなかった。
結果、想定以上の妖気を消耗することになり、薫は既に立ち上がることも儘ならなかった。
「No.6は右腕をどうした?」
戦車にそのように聞かれ、恋路は顔を曇らせた。恋路は左手で右肩を押さえているのだが、その先にあるはずの腕はなく、そこから漏れ出す血液を無理矢理に妖気で押さえている。
「落とした」
ポケットから財布を落としたような口調で恋路は答えたが、腕を簡単に落とす訳もない。
質問をした立場ながらも、戦車は何が起きたのか、大体を察していたようで、恋路の様子を見ながら表情を変えることなく質問を続ける。
「秋奈莉絵は脅威だったか?」
「場所の優位性があった。あの場所でなければ、余裕で対処できた」
「そうか」
戦車はそれ以上の追及をしていなかったが、薫はあの状況の秋奈が本気ではないことに気づいていた。
もしも、秋奈が本気で周囲を警戒していたなら、薫が全力で妖術を用いても、その場から逃走することはできなかったはずだ。
秋奈が本気で戦っていたら、場所が違っていたとしても、その結果は予想できない。
それ自体は恋路も理解しているはずだ。だからこそ、薫の隣で恋路は歯を食い縛っていた。
その悔しさが何に向いているのか、薫は想像することしかできないが、それを想像する余裕もない。
「ところで移動するつもりだが、その前に一つ。貴様ら、目的はどうした?」
戦車のその質問に薫と恋路の背筋が凍った。
二人の目的はQ支部に囚われた三体の人型の回収だ。そのために侵入したはずなのだが、二人の他に人型はいない。
「No.18とNo.19は既に死亡していた。どうやら、仙人共が一つの部屋に押し込んだようだ。どちらかは分からないが、どちらも同じ姿をしている時に逢わせたらしい」
「自己崩壊か。やはり、可能性は間違いではなく死ぬのか。なら、そちらは仕方がない。貴重な成功体だったが、不完全だった。割り切ろう。それでNo.12は?」
「No.12は生存して囚われていた。だが、回収に失敗した」
「そうか」
薫と恋路は戦車の次の一言に怯えていた。
託された目的に失敗した。恋路は最初だが、薫は既に何度か失敗している。ここで首を切られても、十分におかしくはない状況だ。
しかし、戦車はそこから責任の追及をしてくることがなかった。
「第一目標はNo.18とNo.19だった。No.12はおまけだ。回収できなかったのなら、そこまでだ。もう時間はない」
時間はない。それは現状の終了を表す言葉であり、薫と恋路は戦車が進めていた準備が終わったことを理解した。
それは同時に、全世界で進んでいた人型の準備が終わったことも意味し、人型の行動が次の段階に移ることを意味している。
「モドキは完成したのか?」
「最終確認は実戦で行う。時間をかけても対処法を考えさせるだけだ。同時に人間の殲滅を開始する」
「少し急いているんじゃないか?先にモドキの状態を確認するべきだ」
「全てNo.0が下した決定事項だ。モドキの実戦投入と同時に、仙人共に全面戦争を仕掛ける。貴様らもさっさと傷を癒やし、準備を始めろ。既にNo.5は動いている」
戦車から告げられる一方的な決定事項に、薫と恋路は迷惑そうな顔をしたが、それに逆らう選択肢はなかった。
本格的な戦いが始まるのなら、ここに座り込む時間は残されていない。薫は壁に手を当て、重い身体を無理矢理に起こす。
「ところでNo.0はどこで動く気だ?」
「No.0はまだ動かない。まずはNo.20の解放のために動き出した」
その一言に立ち上がりかけていた薫と恋路の動きが止まった。
人型には索敵や裏の行動、戦闘とそれぞれ向き不向きがあるのだが、その中でもNo.20は戦車よりも戦闘に振った存在だ。
「それは早く回復しないと。巻き添えを食らったら厄介だ」
「No.7。No.2を呼べ。右腕を何とかさせる。あのガキは俺が殺す」
「No.2はNo.9と共に別行動中だ。そちらが終了したら、こちらに来るように伝える。それまで待て」
恋路は怒りを隠し切れない様子で歯を食い縛っていたが、我が儘を通せる相手ではないことも理解しているようだ。それ以上は何も言わずに黙って立ち上がっていた。
既に半数近くの人型が倒されるか捕まるかして、人型の戦力は大きく欠けた。それに対して、奇隠は若い仙人も育ち、その戦力はどんどんと増している。
早々に動き出さないと勝率は下がる一方だ。それを理解しているからこそ、ここで行動を始めるのだろう。
ここまでの準備が実を結ぶかどうかは、ここからの最終確認次第だが、それによって仙人と人型の戦況は大きく変わる。
(準備のために何人か殺されたんだ。うまくいってくれ)
そう願いながら、薫は二体の人型と共にその場を後にした。
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