憧れよりも恋を重視する(20)

 渦良うずら憂斗ういとは思いついた。けたたましく鳴り響く警報には裏がある、と。


 わざわざQ支部内に侵入してくるくらいなのだから、何かしらの目的がないと危険過ぎる。侵入が判明し、多数の仙人が押しかける事態になっても、そこからの逃走を試みていないということは、まだQ支部内に目的が残っている可能性が高い。


 その侵入者が人型であり、入口付近で固めているとしたら、その目的は外に出ることに繋がっている可能性が高いはずだ。


 そこまで考え、渦良はQ支部内に囚われた人型のことを思い出した。そちらが本命かもしれないと思い、渦良は特別留置室のある場所に向かうことにする。


 どちらにしても、入口付近にいる人型は今から向かっても、もう遅いはずだ。先に戦っている誰かが人型を倒すところか、人型に殺されるところを目撃し、次は自分だと覚悟を決めるしかない。


 それなら、少しでも生存率と活躍率の高い方にかけようという打算は口にすることなく、渦良は特別留置室の近くに辿りつき、そこで表情を曇らせた。


 そこでは数人の仙人が傷を負うこともなく倒れていた。全員が意識を失っているようだが、殺されているわけではない。

 その光景に予想が当たってしまったと思いながらも、渦良は手に持つ薙刀を構えた。


 ここまで来て逃げる選択肢は残されていない。活躍できる可能性が高いのなら、後は覚悟を決めるだけだ。


 渦良は倒れる仙人達をパンの欠片代わりの道標として、そこを通った存在を追いかけていく。その先にある部屋は現在、使用されている数少ない特別留置室で、その中には人型が囚われているはずだ。


 そう思っていたら、その部屋の前に立つ男を見つけた。漂ってくる香りは独特なもので、男の体表は蜃気楼のように揺れている。渦良は軽く目を擦ってみるが、それは変化しない。


「何だ、これ…?」


 そう不思議に思いながらも、渦良の耳に男の無視できない言葉が届いた。


「外部から破壊できないか?」


 それが扉を壊せないかと模索している一言だと理解し、渦良は薙刀を強く握った。


 特別留置室の扉は破壊されないようにできているはずだ。そのことは渦良も良く理解している。

 だが、実際に確かめたわけではなく、相手の人型の力量も分からない。万が一がある以上、それを試させるわけにはいかない。


「一応、試してみる」


 その声が聞こえ、渦良は反射的に飛び出していた。


「そいつは無理だ!」


 その声と共に渦良は薙刀を大きく振るった。その声に反応し、男の視線が渦良に向き、渦良の薙刀は軽く躱される。薙刀は特別留置室の扉を撫でるように横切ったが、扉には一切傷がついていない。やはり、丈夫にできているようだ。


「何が起きたの!?」


 部屋の中から人型の女の声が聞こえてきたが、渦良はそれに反応する余裕がなかった。薙刀を再び構えながら、目の前の男との間に距離を作り、男に教えてやる。


「外部の衝撃で壊れたら、非常事態に人型が逃げ出すかもしれないだろう?そういう柔な作りには最初からしてないんだよ」


 その指摘に人型の男は納得したように頷いていた。


「そうか。教えてもらってありがたいが、今の一撃は確実に当てるべきだったな。次のチャンスはない」


 その指摘を受け、渦良は自分の手に持つ薙刀とさっきの男の身のこなしを思い出していた。


 相手は序列持ちが対抗戦力と表現される人型で、渦良は二級仙人だ。その実力差まで加味すると、渦良に与えられるチャンスは少ないはずで、次のチャンスは男の言う通りにないかもしれない。


「…………それはそうかもしれない」


 素直に分析した状況を受け入れると、渦良の目の前で男は不敵に笑った。それを嘲笑と思い、渦良は怒りそうになるが、怒ったところで勝ち筋があるわけではない。


 ここで渦良と男がぶつかれば、男の妖気を感じ取って、他の仙人が応援に来てくれるはずだ。数か特級仙人という名の暴力かは分からないが、この状況で勝てるとしたら、そのどちらかを頼るしかない。


 そのために渦良にできることがあるとしたら、それは時間稼ぎだけだ。そう判断し、渦良はできるだけ耐え抜こうと決意した。

 ゆっくりと薙刀を頭の位置で構え、目の前の男を見やる。


「悪いがこの扉は開けさせないぜ」

「そうか。なら、殺そう」


 そう呟き、接近してきた男の拳を間一髪で躱しながら、渦良は薙刀を振るって、男との間にスペースを生み出そうとした。距離を詰められると、武器の関係上、戦いは圧倒的に相手が有利になる。


 とにかく時間を稼げばいいのだから、相手に有利な状況を作り出されなければいい。こちらはただ相手の距離に入ることなく、ここで攻撃を捌き続ければいい。


 そのように考える渦良の前で、接近を試みながら男は何度も拳を振るってきた。それを躱し、時に薙刀の柄で捌きながら、渦良はこのまま時間稼ぎができると確信する。


 小さく微笑む渦良の前で、同じように小さく微笑みながら、男が大きく拳を振るった。それを躱した渦良の鼻孔を奇妙な香りが擽った。

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