憧れよりも恋を重視する(19)
Q支部内で異変が起きていることは特別留置室の中にいても分かった。けたたましく鳴り響く警報に、ドタバタとした足音が続けば、それは誰でも分かることだ。
ただそれを聞いても、
Q支部内に人型が侵入することは不可能だ。自分に関係のある事態がそこで起きるはずがない。
だから、重戸は最初に声が聞こえても、それをすぐに信じることはなかった。幻聴の類だと判断し、しばらくひたすらに聞き流していた。
「ここにいないのか?No.12」
何度目かにその声が聞こえ、重戸はまさかと思いながら、ゆっくりとドアに近づく。
「誰かいるの?」
その呼びかけにドアの向こうから僅かに溜め息のような音が聞こえた。
「俺は分かるか?」
その問いに重戸は頭を働かせ、記憶の中で引っかかる声を導き出す。自分と同じく日本を訪れた人型の中に、似た声を聞いている。
「No.14?」
「正解だ」
「どうして、ここに?いや、どうやって、ここに?」
人型が奇隠の支部に侵入することは基本的に不可能だ。奇隠の施設は全てそのように作られている。
仮に人型が奇隠の支部に侵入するとしたら、奇隠も把握していないはずの一部の人型の力を用いないといけないが、それらの人型の行動は現状、
言ってしまえば、それらは人型の切り札だ。
「侵入経路を説明している暇はない。把握している情報を答えろ。No.18とNo.19も囚われているはずだが発見できない。どこにいるか知らないか?」
「それなら多分、同形態を接触させたのだと思う。婉曲にだけど、そういう質問をされたから」
「そうか。遅かったか」
ドアの向こうで薫の声が低く落ち込んでいくことが分かった。どうやら、薫は自分の救出ではなく、この前に囚われた双子を目的としていたようだと、重戸はその雰囲気から察する。
「なら、そちらは仕方ない。No.12、脱出するぞ。こちらは事態が変化している」
「何が起きてるの?」
「No.5が動き出した。他にも、No.2やNo.9、No.17が動いているそうだ」
「それって、つまり、そろそろ本格的にマムの卵が孵化するということ?」
「ああ。No.7がその管理をし、既に国内に数体入っているらしい。No.5が手を貸したそうだ」
重戸が行動していた時よりも事態は進展している。重戸は外で起きる次の出来事を想像し、自然と一人の人物の顔を思い出していた。
そのことを自覚した瞬間、重戸は何故、その顔を思い出したのかと自分自身で酷く困惑する。
「No.12。鍵はどこにある?」
不意にドアの向こう側から声をかけられ、重戸は我に返った。考える必要などないのに考えてしまっていたことを振り払うべく、重戸は大きくかぶりを振る。
それから、再びドアに向き直った。
「近くの仙人が所有していなかった?」
「眠らせた誰かが持っているのか?探すのが面倒だ。外部から破壊できないか?」
「No.14でも、恐らく、それは不可能だと思う」
「一応、試してみる」
ドアの向こうから薫のその声が聞こえ、重戸がドアの前から離れようとするよりも早く、薫の言葉に返答する声が聞こえた。
「そいつは無理だ!」
その見知らぬ男の声と共に金属音が響き渡り、何かが強くぶつかった衝撃が特別留置室のドアを襲う。
「何が起きたの!?」
重戸は咄嗟にそう叫んだが、ドアの向こうから返答はなく、代わりに薫と男が会話する声が聞こえてきた。
「外部の衝撃で壊れたら、非常事態に人型が逃げ出すかもしれないだろう?そういう柔な作りには最初からしてないんだよ」
「そうか。教えてもらってありがたいが、今の一撃は確実に当てるべきだったな。次のチャンスはない」
「…………それはそうかもしれない」
それまでの勇ましさは鳴りを潜め、急に弱々しくなった男の声を聞きながら、重戸はそこで戦闘が始まったことを理解した。
どちらが勝つか外の状況が見えない重戸には分からないが、これでしばらくこの部屋の中で待つことになる。
脱出するかどうかはこの戦いの勝者次第で、仮に脱出するとしたら、重戸はその後、本格的に人間を滅ぼすために動き出すことになるだろう。既に動き出したという人型の名前から、重戸はそのことを確信していた。
しかし、それを意識すればするほどに、重戸の頭の中にノイズのように思い出す必要のない顔が割り込んでくる。
「また…」
小さくそう呟きながら、重戸は部屋の中央に戻り、そこで蹲るように頭を抱えた。
「何で…消えて…」
か細く口から漏れ出た声を掻き消すように、ドアの向こう側で激しい音が響き始めた。
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