憧れよりも恋を重視する(21)

 葉様の視点から見て、赤い髪をした人型は左を向いていた。その足元には飛鳥が倒れ込み、その頭部を狙って足を振ろうとしている最中だった。


 そこに葉様は飛び込み、刀を振るった。葉様は右利きだ。刀を抜くためには左手に刀を持ち、左から右に払うことになる。


 その際、刀は男の視界を通過する。それが避けられた原因だと葉様は考えていた。


「あの人型の視界に侵入したから刀は避けられた。逆に今の一撃は寸前まで視界に入ることがなかったから完璧に躱すことができなかった」

「それで目がいいって言ったのか?でも、目がいいだけで反応できるか?」


 もちろん、見えることと対応できることは別である。仮に刀の軌道が見えたとしても、避けるためにはそれだけの肉体が必要になる。


「そこは人型だ。妖術の全貌が分からない以上、全ては分からない。だが、刀の軌道を見られていることは確かだ。それは絡んでいる」

「なら、どうする?三人でかかっても切れるかは分からないぞ?」


 佐崎の指摘は既に葉様も考えていることだった。葉様は面倒さと力量の足りなさに苛立ちを噛み締めながら、目の前の赤髪を見やる。


 ここまでの一連の動きで判明したことは一つ。葉様がどれだけ立ち向かっても、一人で目の前の男を倒すことは不可能だ。それどころか、相手することもできないかもしれない。


 万全な状態だったならば――そう考えることもなく、そんなことは関係ないと分かる。万全な状態だったとしても、目の前の人型と互角に戦うことは不可能だ。

 そこには圧倒的な距離があり、葉様はその距離を埋めるだけの力を持っていない。


 もしも勝つ道筋があるとしたら、それだけの犠牲を払う必要がある。葉様は殴られた腹を押さえながら、隣に立つ佐崎と杉咲を見た。

 そのまま、葉様は自分の頭を横切った思考に、血が出そうなほど唇を噛み締める。


 その思考を絶対にしない男を葉様は知っている。その男は今の人型ほどではないが、葉様から離れた位置に立ち、葉様よりも優れた結果を残している。


 それを葉様は認めていない。葉様からしたら、その男の考えは受け入れられないことだ。その考えを押し通していると思い出すと、いつも苛立ちが積み重なる。

 その考えを押し通す男の甘さに苛立っているのではないことは分かっている。


 葉様は常に自分の考えを押し通し切れない自分自身の甘さに苛立っている。本当は何が求めるべきことなのか理解している上で、それを受け入れられない自分の弱さに苛立っている。


 この状況も葉様は何をするべきか理解しているが、それをどこかで否定する自分がいた。

 理由は端的に自分の考えとは合わないから。それだけのものだが、そのエゴがこの状況でどれだけ価値のある物なのか、考えるまでもなく理解している。


 葉様は唇の端から血を流し、佐崎と杉咲に小さく声をかけた。今、できることは定まっている。二人がその決断を下せずにいるのは、葉様がその決断を認めないことを理解し、その決断から逸れた行動を取った時に、それを目指した行動が取れないからだ。


 だからこそ、それを受け入れる葉様の発言に佐崎と杉咲は驚いているようだった。その前で葉様は刀を握り、目の前の男を見やる。


「そのために囮が一人必要だ。最も被弾する可能性の高い役割で、最悪の場合はどうなるか分からない」

「なら、その役は俺がやるよ。俺が一番、うまく立ち回れる」


 佐崎はそのように言ってきたが、葉様はそれを認めなかった。ゆっくりとかぶりを振り、佐崎は驚いた顔をする。


 佐崎が一番うまく立ち回れることは事実だ。それは葉様が怪我をする前から変わっていないことで、葉様は嫌というほどに理解している。


 だからこそ、佐崎はこの状況で囮という耐え忍ぶ役目を負わせるわけにはいかない。うまくやれるからこそ、囮を囮として活用するための武器になってもらう必要がある。


「囮は俺がやる。息を合わせるなら、二人の方が最適だ。それに俺は万全ではない」


 毒の後遺症もそうだが、今は男に腹部を殴られ、強い痛みに身体を拘束されている状態だった。完全に身体が動かせない以上、万が一の事態が発生する可能性が高く、葉様は葉様の想定する役割の中では囮以外を務めるべきではない。


「おいおい、涼介。今、自分で危険だって…」

「だからこそだ。生存率を高めるためには、その部分に足手まといを使う必要がある。この中だと俺だ」


 悔しそうに唇を噛み締めながら言う葉様を見て、流石の佐崎も言葉を失っているようだった。


「分かった。それで行こう」

「未散…」

「大丈夫。私と啓吾がちゃんと動けば誰も死なない」

「それはそうだが…」


 佐崎は未だ迷っているようだが、その時間は長く与えられなかった。


 しばらく動かなかった人型の男が首を動かし、葉様達に目線を向けてきた。その動きに反応し、葉様達は刀を構える。


「向こうがいつ終わるか分からない以上、こっちはさっさと掃除しておくべきか」


 そう言いながら、男はようやく拳を構えて、葉様達を見てくる。


「言った通りに動く!もう考える時間はない!」


 葉様がそう告げて、佐崎の返答を待つことなく動き出そうとした直後、葉様の目の前に赤い髪の男が立っていた。


「まずは弱いところから」


 その速度の速さに驚きながらも、その一言を聞いた葉様は眉を顰めて、目の前の男を睨みつけた。


「ふざけるな、妖怪」


 葉様は刀を振り上げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る