憧れよりも恋を重視する(14)

 羽計緋伊香は十六歳の高校生だ。相亀の同級生であることは周知の事実なので、本人と逢ったばかりの水月や穂村も、それくらいのことは分かっている。それくらいに当たり前の情報だ。


 その情報を念頭に置き、羽計緋伊香の母親と聞くと、その年齢は幅こそあるかもしれないが、自分の両親くらいの年齢を想像するはずだ。

 大凡四十歳オーバー。それくらいの年齢の女性を頭の中でイメージする。それは相亀だけでなく、東雲や水月達も同じだったようだ。


 だからこそ、そこに登場した羽計緋伊香の母親、羽計希理加きりかを見た全員が素直に驚きを示した。


 希理加はそのイメージよりも若かった。そのイメージよりも若いとなると、相亀には秋奈という知り合いがいるのだが、希理加はその秋奈よりも、ともすれば若く見える。


 女性に年齢を聞くことは失礼である。女性に対して免疫のない相亀でも、それくらいの常識はある。特に秋奈と何度か怯えながらも接した際に、それは嫌というほどに理解した。

 だから、希理加に年齢を訊ねることこそなかったが、恐らく、三十代前半かと相亀は思った。


 しかし、そうなるとあまりに若い。羽計の年齢を考えると、かなりの若さで子供を産んだことになるので、相亀は本当にそうなのかと疑問に思う。


 もしかしたら、血の繋がりがないのかと一瞬、その若さに考えてしまったが、それはないことくらいは希理加を見ていたら分かった。


 それほどまでに希理加は羽計と似ていた。いや、この場合は羽計が希理加に似ているという表現が正しいのだろう。

 目や鼻、口といった顔を構成するパーツの全てが瓜二つで、十年後の羽計を名乗って、タイムマシンに乗ってきたと言われたら、信じてしまいそうなほどだ。


 この似方をしている二人に血の繋がりがないとは考えづらい。それならば、本当に若くして子供を産んだか、もしくは年を取っても消えない若さがあるということだ。

 そのどちらにしても、羽計の母親ならそれだけの度胸も若さもあり得ると相亀は感じ、その羽計との近さにほんの少しの恐怖を懐いていた。


 その中で東雲や水月達と軽く言葉を交わし、挨拶をしていた様子の希理加の視線が相亀に止まった。


「貴方は?」


 そこでその質問を投げかけられ、相亀は背筋をピンと伸ばした。秋奈の影響なのか、ある一定以上の年齢の女性に対して、相亀は未だに恐怖心が多い。それが羽計という天敵と似ていることもあって増幅され、相亀は端的に言って緊張していた。


「相亀…弦次です。どうも…」


 そう簡潔に自己紹介を済ませた瞬間、希理加の目が輝き始め、その目に相亀は寒さを覚えた。希理加の目は相亀がこれまでに何度も見たことのある目と同じだった。

 羽計が相亀を揶揄う。その教室の一角で行われる日常の際に、羽計が見せる目と全く同じだった。


 これは危険だ。相亀の全身の細胞がそう警告するように、足元から頭にかけて、鳥肌が一斉に立った。相亀は咄嗟に立ち上がり、この空間から逃げ出そうとする。


「貴方がゲンちゃん!?」


 しかし、それを超える速度で、希理加は相亀との距離を詰めてきた。その動きの素早さや距離の詰め方は正に親子というもので、相亀の顔は一瞬で真っ赤に染まる。


 仙気を使えば逃げ切れたのに、と本気で後悔する相亀を無視し、希理加は相亀に顔を近づけてきた。相亀は今にも卒倒しそうだ。


「話に聞いてたゲンちゃん?本当に顔が真っ赤っ赤」


 楽しそうに相亀の表情を観察する希理加の一方で、観察される相亀の視界は回転し始めていた。床が天井まで這い上がり、天井は床まで崩れ落ちている。混沌とした視界の中で、相亀は軽く一歩足を動かしただけで、今にも転落しそうな状態だ。


 その状況の中で、咄嗟に相亀の腕が掴まれ、相亀の意識は引き戻された。相亀の身体が強く引っ張られ、相亀の視界に誰かが割り込んでくる。

 助けかと思った相亀の視界の中で、割り込んできた人物が希理加に向かって声を出した。


「相亀君が困っているので離れてもらってもいいですか?」


 それは穂村の声だった。それを驚いた顔で聞きながら、相亀はゆっくりと自分の腕に目を向ける。その腕を掴んでいる手を追っていくと、それは目の前の穂村の身体と繋がり、相亀は再び顔を真っ赤に染めた。


「あー、ごめんごめん。反応が面白くて」


 そう言いながら、相亀から離れた希理加を見て、穂村が振り返って相亀を見てくる。


「相亀君?大丈夫?」


 そう聞いてくるが、今の相亀はもちろん大丈夫とは言えない状況だ。このままだと本当に卒倒すると思い、相亀は決死の覚悟で手を伸ばし、自分の腕を掴む穂村の手に触れた。


 その途端、今度は穂村がスイッチを押されたように顔を真っ赤に染めたが、そのことに相亀は気づく余裕がなかった。


 穂村の手を引き剥がそうとした瞬間、穂村がばっと手を離し、相亀から少し距離を取る。


「ご、ごめんね!急に掴んじゃって!」

「い、いや、大丈夫…ありがとう…」


 そう言いながら、相亀はフラフラと倒れ込むように、床に座り込んでいた。このままだと心臓が持たない。


 相亀は東雲達から少し離れた場所に久世が座っていることに気づき、そこに近づく形で避難することにした。普段は久世の近くなど死んでも行かないのだが、今はそこが楽園に見える。


「大変そうだね」


 他人事のように笑う久世を相亀は睨みつけながら、少し一息落ちつこうとしていた。届くかどうかは分からないが、この状況を間接的に作り出すことになった幸善に恨み節でも送ろうかとも思う。

 それは冗談にしても、この状況に誰か援軍を呼びたいと思い、相亀はスマホを取り出そうとポケットを探った。


 そこで相亀は手に触れる感触がないことに気づいた。


(あれ?スマホはどこだ?)


 そう思いながら、相亀は周囲に目を向ける。どこかに置いたのかもしれないと思うが、スマホはどこにも見当たらない。


(あれ?どうしたっけ?)


 そう考え込む相亀から少し離れた場所で、羽計が水月に質問する。


「何か探し物?」

「え?う、ううん。何でもないよ」


 水月は笑顔でそう答えた。

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