星は遠くで輝いている(31)
「は、はあ…?はあ?」
ホームステイの誘いを受けて、ダーカーの部屋に踏み込んだ幸善が呟いた言葉がそれだ。感想とも感嘆とも言い切れない曖昧な息だけ漏らし、幸善はダーカーの部屋を見回していた。
幸善に与えられた部屋も十分に宿泊するだけなら凄いと思えたが、ダーカーの部屋はそれ以上に広く、豪華な部屋だった。
部屋数自体は前の部屋とほとんど変わらず、二つほど知らない空間があるくらいなのだが、リビングやキッチンの広さが単純に二倍から三倍に変わっている。
特にキッチンはちょっとした店くらいの設備が整えられ、ここで店を開いているのではないかと疑惑を懐くほどだ。
「ここに住んでるんですか?」
「この施設に来る時はね。家は他にもあるから、そっちにも住んでいるよ」
「か、稼いでいるんですね…」
思わず失礼と捉えかねない言い方をしてしまったが、それを聞いたダーカーは小さく笑ってから、「序列持ちだからね」と答えてくれた。
その返答の仕方に幸善は驚いた。
ダーカーなら、Noir.のボーカルも務めているはずなので、そちらの答え方でも良かったはずなのだが、今は序列持ちであることを答えとして選んだ。
それはこの場が奇隠の施設であることや、仙人としての繋がりのある幸善が相手であることも関係しているのかもしれないが、こういう場面で無意識の裡に選んでしまう理由は他にある。
例えば、二つの物を選ぶ時により目立つ方を選んでしまうように、今のダーカーがその答えを選んだとしたら――そのように考えて、幸善は何とも言えない気持ちになった。
簡単には否定できない十分にあり得ることだから、余計に複雑な気持ちは強くなる。
「そこの部屋が空いているから好きに使っていいよ。ベッドもあるから」
そう言いながら、ダーカーが指差した部屋に幸善は入ってみる。カーペットの上にベッドと簡素なテーブルを置いただけの部屋だ。
「ここって…寝室ですか?」
「作詞をする際に閉じこもる部屋だよ。何かがあると言葉がまとまらなくなるって相談したら、七実にそういう部屋があるといいって教えられて作ったんだ。他の家にもあるよ」
七実。再びダーカーの口から出てきた自分の担任の名前に、幸善は改めて疑問を持った。
七実も序列持ちである時点で、ダーカーと接点があること自体は不思議ではない。
ただ想定よりも二人の仲は良好のようだ。幸善はそこが気になった。
二人の間に何があったのだろうかと考え、幸善は質問してみることにする。
「ラスさんって、七実先生と仲がいいんですね」
「ああ、まあ、そうだね。序列持ちで年が近くて、いろいろと話せる相手は七実と
「友才?」
「序列持ちのNo.3だよ」
既にNo.2とNo.4を知っている幸善はその間に挟まるNo.3を想像した。どういう人物か全く知らないのに、こういうことを言うのも何だと思うのだが、きっと相当な自由人なのだろうと、両サイドの二人から幸善は思った。
それと同時にダーカーの話し方に一つの疑問があった。
「だけど、七実先生は苗字で呼ぶんですね?」
幸善のことを幸善と呼び、御柱のことは新月と呼んでいたが、七実のことは七実と呼んでいる。その法則に従うなら、七実は本来、春馬と呼んでいるはずだ。
そう思っていたら、ダーカーは少し気恥ずかしそうに頭を掻いた。
「いや、実はナナミという名前の日本人を既に知っていたから、そう名乗られた時にそれがファーストネームだと思ったんだよ」
確かに七実という苗字は知らないと、名前と勘違いすることもあるだろう。特に日本人なら、ナナミという名前が女性につけられると知っているので、苗字よりは下の名前だと認識するケースが多いかもしれない。
しかし、それがダーカーにもあったと聞き、幸善は少し驚いていた。それだけ日本語に近しいということだろうか。
「最初にそう呼んでから、七実と呼ぶ癖が抜けないんだよ。呼び名を変えるのって、少し意識をしないと難しくないかい?」
言わんとするところは分かる。幸善は首肯した。
「そうだ。七実の話で思い出したんだけど、君はもうすぐに休みたいかい?」
突然、何かを思い出したように呟いてから、ダーカーが投げかけてきた質問に、幸善は返答よりも先に面食らっていた。どういう意図の質問か分からないが、人型の襲来があった直後に寝られるほど、幸善の神経は図太くない。
「少し整理しないと眠れそうにはないですね」
「それなら、少し話をしてもいいかな?君とゆっくり話したかったんだ」
「俺と、ですか?」
「そう。この話もあるしね」
そう言いながら、ダーカーが見せてきた物は例のチケットだった。
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