星は遠くで輝いている(30)

 まずは家にあるコンロを確認して欲しい。確かにガスが通っていること、火がつくことを確認してから、作業に移って欲しい。


 もしも、家に設置してあるコンロがIHの場合は、別にガスコンロを用意してもらわないといけない。お手数をおかけするが、これだけは譲れない条件だ。


 そうして、コンロの火力が準備できたら、次に必要となるのが透明のケースだ。


 それもただの透明のケースではなく、一際丈夫なものでなくてはいけない。叩いても、落としても、ロードローラーを叩き落としても砕けないほどに丈夫なケースでなくてはいけない。


 それにケースの条件はもう一つあって、熱が通らないといけない。


 仮にどれだけ丈夫でも、熱で溶ける素材だったり、熱を内部に一切通さない素材だったりした場合は、そのケースは今回の作業に使えないということになる。

 その時は残念なことだが、一連の作業を諦めてもらうしかない。他にどうすることもできない。


 ケースが用意できた人は、次に今回の作業の主役をそのケースの中に仕舞おう。


 爆ぜれば爆ぜるほどに、どんどんと分裂していく肉塊だ。それは常に集まって、人の形を作ろうとしているので、それができないように透明のケースの中に仕舞い込もう。


 この際、全てを仕舞い損ねたら、肉塊は成人男性の形となって襲いかかってくるはずだ。

 もしも、そうなってしまった場合は死を受け入れてもらうしかない。潔く死んでくれと言うしかない。


 その危険性を孕みながらも、何とかケースに肉塊を仕舞うことに成功したら、ようやくコンロの登場だ。


 そのコンロに火をつけて、その上に透明のケースを置いていく。火の上に直に置いてもらって構わない。もしもケースが燃える素材なら、それは失敗だ。火事になる前に諦めて、中の肉塊に殺されよう。


 そうして、ゆっくりと肉塊を火にかけて、しばらく待ち続けていると、肉は熱に少しずつ焼かれていく。美味しそうな匂いもしてくるかもしれない。あまり食べることはお勧めしないが止めることもしないので、その辺りは好きにしてもらって構わない。


 焼かれた肉は料理としては成功だが、生命体としては死んだ状態だ。細胞が壊れているので、さっきまで成人男性を作ろうとしていた肉塊も、次第に動かなくなる。


 そのまま、中まで完全に火が通ったら、それで完成。人型の焼却処分の終了だ。残った焼肉は食すなり廃棄するなり、好きな方を選んで欲しい。

 因みにダーカーに質問された幸善は迷うことなく、廃棄する道を選び、深夜に襲撃してきた人型は焼かれた状態でゴミ箱に捨てられることになった。


 これで万事解決。今回の問題は終わりを迎えたのだが、その実感はあまり幸善にはなかった。

 ただ頭が否定したくても、部屋の有り様を見たら、肯定するしかない。


「ちょっとここでは寝れないね」


 部屋の様子を改めて覗きに来たダーカーにそう言われ、幸善は困った顔で頷くしかなかった。


 まだ本部に向かうまで、十数時間は最低でもあって、その間に休める場所は必要だ。幸善も化け物ではないので、疲労は当たり前にある。


「そもそも、寝れてないんで、疲れが残ってるんですよね」


 幸善が苦笑しながら頭を掻くと、ダーカーは思案顔になって、近くの部屋を見回していた。


「新しい部屋を準備できたらいいんだけどね。他の部屋は何も用意してないから」

「部屋の用意とかしてくれていたんですか?」

「当たり前でしょう?冷蔵庫の中身とか確認しなかった?」


 そう言われて幸善は自炊ができるほどのキッチンを思い出した。単純に食材が揃っているだけなら未だしも、新鮮な食材が揃っていて、そこで自炊ができるほどの状態になっているためには、それをそのまま放置していてはいけない。

 少なくとも、最近の内に誰かが食材を仕舞って、事前の準備をしていたということになる。それは当たり前のことだが、幸善は言われるまで気づかなかった。


「それにアルコールも抜いたって言ったでしょう?お客様が来た時用に最終準備はする決まりなんだよ」

「でも、それなら、そこまでの準備がなくても、俺は自炊とかしませんし…」

「君がそうでも、君はこの施設にとって大事なお客様だからね。それ相応の立場の人を迎えるのに、適当な歓迎はできないんだよ。そう簡単に解決しないんだ」


 幸善には全く分からないことだったが、ダーカーの表情は真剣そのもので、下手に意見は言えそうになかった。


 幸善を放置したまま、ダーカーはしばらく考えて、一つの納得する答えを見つけたのか、少し明るくなった表情で幸善を見てくる。


「なら、こうしよう。これ以上の部屋を君に使ってもらおう」

「え?これ以上ですか?いや、そんな…」

「ただ一つだけ問題があって、君の一人部屋ではない」

「はい?」

「俺が住むために使っている部屋の一つに君を招こうか」


 それは予期せぬホームステイのお誘いだった。

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