星は遠くで輝いている(29)
透明なショーケースに保管された一片のサイコロステーキ。それに成り下がった一体の男に、同じ顔をした十六体の男が表情を変化させなかった。
興味深そうにサイコロステーキを眺めて、数体の男は小さく頷いている。
その中の一体が「なるほど」と呟いた直後、最初の一体と同じように一片のサイコロステーキになった。一瞬で圧縮され、地面に転がるサイコロステーキが二片に増える。
その現象がそこから途絶えることなく、三度続き、地面に転がるサイコロステーキが五片に増えたところで、ようやく残された十二体の男達が周囲に目を向けた。
「どこかにいるのか?」
そう小さく呟くが、ダーカーの返答がその質問にあるはずもなく、静かな空間の中で、また一体の男が一片のサイコロステーキに変化する。
「返答なし。だが、どちらでも問題ない。その行動に意味はない」
残された十一体の男が揃って、そのように呟いた直後、その十一体の男達の身体が一瞬の内に膨らみ、廊下を埋めつくした。
次の瞬間、それらが連鎖的に破裂して、赤い霧を廊下に生み出しながら、周囲に自身の身体をばら撒いている。
その中で身を隠していたダーカーの周囲にも肉片は飛び散り、ダーカーは自身の居場所を男に知られることになる。
「そこにいたのか」
地面に落ちた唇が動いて、そのように発した。声帯のない状態で、どのように声を出しているのか分からないが、ダーカーはその声に動揺することがなかった。
「やはり、そういうことができるのか」
納得したように言ってから、ダーカーは大きく両手で風を起こすように廊下を扇いだ。その軌道に合わせて、ダーカーの仙気が吹くように動き、そこら中に飛び散った肉片を集めていく。
「その厄介さはばら撒くことにあるが、一つに固めれば問題はない。後の処分方法は簡単だ」
飛び散っていた男の身体が集まり、ダーカーの作り出した透明な仙気の箱の中に綺麗に納まった。その中で肉片は波打って、液体のように蠢いているが、そこから出られるほどに柔く作っていない。
ダーカーはその箱を保ちながら、周囲に目を向けて、そこで自分をこっそりと見ていた幸善と御柱の存在に気づいた。その二人に苦笑いを向けて、ダーカーは手を伸ばす。
「悪いけど、そこの二人にお願いがあるんだ」
「え…?私達にでしょうか…?」
「そう、二人に。火を用意して欲しいんだ。こいつを焼却するから。移動できれば楽なんだけど、ちょっと余裕がなくてね」
そう言われた幸善と御柱が考えてから、自分達に与えられた部屋を見た。そこには様々な物が揃えられていたはずだ。中には火をつけられるものもあるかもしれない。
そう思った幸善と御柱がボロボロになった幸善の部屋ではなく、隣の綺麗な御柱の部屋に入った。
その光景を見送りながら、ダーカーは捕らえた男に目を向けていた。
それは人型であり、妖怪だ。人間と同じ姿をしているが、人間ではない全く別の存在。そう頭で理解していても、その姿には驚きや気味の悪さを覚えずにいられないほどに、男は異形の姿をしている。
「一つ質問なんだが、そもそも、どうやってこの場所に侵入したんだ?」
ダーカーがそのように質問を投げかけると、透明な箱の中で蠢いていた肉が動きを止めた。その一部が唇を作り出し、肉塊の上部に移動してくる。
「手の内を話すとでも?」
「ああ、そうだよね。俺でも話さない。なら、別の質問をしようか。この施設に潜り込んだ目的は?」
「秘密を知るため」
その含みを持った言い方に、ダーカーはつい眉を顰めていた。
「秘密?」
「そう。耳持ちの秘密。それから、もう一つ」
そう言ってから、初めて男の唇が笑みに見える形を作った。
「No.4は元気か?」
その一言にダーカーは表情を険しいものに変え、作り出した仙気の箱を小さく圧縮した。中で肉の潰れる音がいくつもしている。
「何が言いたい?」
「その反応で何となく分かった。そちらはもういいか」
そう唇が動いてから、一際狭くなった仙気の箱の中で、新たに目玉が生まれた。それはダーカーをまっすぐに見つめている。
「次は本気で相手してもらいたいものだ」
「本気を出していないと分かっていたのか?」
「本気は出せないと分かっていただけだ。それは既に聞いていた」
「誰から?」
「教えない」
それを最後に目玉と唇は肉の中に埋もれていった。それを見送り、何も反応がなくなったことを確認すると、ダーカーは今の男の言葉を思い出し、小さく笑みを浮かべる。
「どうやら、情報を探りに来たという話は本当のみたいだな。次は本体に逢えることを願っているよ」
そう言ってから、ダーカーは最後に仙気の箱を一気に圧縮し、男の全ての身体を一片のサイコロステーキに変えた。
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