星は遠くで輝いている(27)

 男の身体は粘土のようだった。肌の表面が波打つように変化する一瞬を除き、ほとんどの予備動作なく、様々な形状に肉を変化させ、的確な攻撃を繰り出してくる。


 その厄介さは人型の中でも上位に入るほどだったが、その前に立つダーカーはほとんどの動きを見せることなく、それらの攻撃を対処していた。


 ただし、対処していた、と表現したが、それは実際に対処しているのかどうか、外部からは分からないものだった。


 男の身体から鋭利に伸びた肉達は全て、ダーカーの身体に到達する前に、そこに存在している見えない壁に阻まれる。それらは反発を受けたように方向を変え、四方八方に散っていくが、その際にダーカーは手を動かす程度で、その現象の原因は分からない。


 それは外部から見ているあらゆる存在だけでなく、その肉を生み出している男も同じことのようで、男はいつまでもダーカーに触れることのない自分の身体の一部を見て、不思議そうに首を傾げていた。ただし、その表情はどこまでも無だ。


「何をしているんだ?」


 男の口から当然の疑問が漏れたが、当然の疑問に当然答えるはずもなく、当然のようにダーカーは首を傾げて男を見るばかりだった。


「何をしているんだろうな?」


 その次の瞬間には、男の身体が空中で細切れになって、周囲に肉と血をばら撒いていた。何かが飛んできた様子はなく、それは突然と言える出来事だ。

 食らった本人の感覚から言うと、目に映らないほどに透明で、限りなくゼロに近い薄さを誇るガラスの板が、ゆっくりと身体中に差し込まれたようだった。


 ただし、本当にそのようなガラスの板があるわけではなく、細切れになった男の身体は空中のどこにも引っかかることなく、全て地面に落ちている。


 ダーカーの持つ防御手段も、攻撃手段も、その全ての正体が分からない。それは敵である男も、その光景を外部から眺める幸善達も同じことだった。


 地面に散らばった小さな肉片は少しずつ集まり、少し大きな肉塊を作ってから、それを中心として膨らんでいき、やがて、全部で十一体の男を生み出していく。

 それらはさっきまでと同じ無表情でダーカーを見ながら、不思議そうに首を傾げていた。


「さっきから何をしている?」


 十一の男の声が正確に重なって、廊下に反響して聞こえた。そのいくつも重なった声は精神的な気持ち悪さを与えてくるが、それは攻撃とは呼べない、ただの不快感だ。


「それはこちらの台詞だが?」


 ダーカーは心の底からの気持ちを伝えるように英語でそう口に出していた。それは男の状態を見た多くの人が思う正当な感想だ。


 細切れになったかと思ったら、それらをいくつかくっつけて、そこから増殖する存在など聞いたことがない。

 相手が人型であると分かっていたとしても、簡単に納得できる状況ではない。


「教えてくれないのなら、調べようかと思って」


 男は再び十一の口を動かして、そう言っていた。代表という概念がないのか、個々の存在として身体を操れていないのか分からないが、その声の重なりは恐ろしいほどの不快感を生み出してくる。

 それこそ、ダーカーは笑顔を浮かべたまま、それとは対照的に拳を強く握り締めているほどだ。


「もう一度、細切れにしてもいいかい?」


 笑顔のまま、ダーカーは物騒なことを言い始めたが、それに動揺する男ではなかったようだ。


「お好きなように」


 そう呟いた直後、五体の男の身体が再び弾け飛んだ。


 それらは再び細かな肉片として、周囲に散らばったかと思うと、少し大きな肉塊を作り始めて、再び十一体の男として膨らんでいく。

 さっき細切れにしなかった六体と合わせて、これで十七体の男が廊下に爆誕したことになる。


 全て同じ無の表情をした男が十七体。それも細切れにした流れで、着ていた服は当然吹き飛んでいるので、十七体全てが全裸の状態だ。


 十七体の全裸の男が廊下に立ち並んでいる姿に、ダーカーは吐き気に近しい不快感を覚えていた。


「なるほど。初めて戦ったけど、人型っていうのはこういう厄介なものなのか」


 そう呟きながら、ダーカーが今度は自分の身体の周囲を撫でるように手を動かし始めた。

 その動きに合わせて、ダーカーの周囲が歪んでいき、そこに立っているはずのダーカーの姿が消えていく。


「じゃあ、少しやり方を変えよう」


 その呟きを言い終えた時には、ダーカーの姿は完全に男の前から消えていた。

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