星は遠くで輝いている(26)

 部屋を震わせるほどの轟音に御柱は身体を起こした。爆発音や破裂音とも表現できる凄まじい音に、何かが起きたことを察して、御柱はベッドから抜け出す。


 音は部屋の外から聞こえている。何が起きたか分からない以上、警戒を怠るわけにはいかない。


 そう思いながら、ゆっくりと扉を開け、部屋の外から流れてくる空気感に御柱は凍りついた。政府に与する立場ながらも、奇隠の一級仙人である御柱がその空気感の正体に気づかないはずがない。


 妖気。すぐにそう理解し、御柱は扉を勢い良く開いて、その妖気の流れてくる隣の部屋に目を向けた。


 その瞬間、その部屋の中からダーカーが飛び出してきた。円柱状に伸びた何かに身体を押され、廊下の壁に背中を打ちつけている。


 その状態のまま、ダーカーが自分の身体を押す円柱の表面を撫でると、その円柱に細かな切れ込みが入って、周囲に破片を飛び散る形で破裂する。

 そこでその一部と一緒に赤い液体が飛び散ったことで、御柱はその円柱が肉塊であることに気づいた。


 周囲に肉片が飛び散った光景に御柱は気味の悪さを覚えたが、肉片が飛び散っていること以上に気味の悪い現象が起きていることに気づくまで時間はかからなかった。


「動いている…?」


 思わずそう呟いてしまったように、飛び散った肉片は少しずつ動き、周囲の肉片と一つになろうとしていた。水滴が集まり、大きな水滴を作ろうとしている光景にも似ているが、それは本来、そういう動きを見せない肉片だ。


 そのことに違和感を覚えていると、御柱の隣の部屋――つまりは幸善の部屋の中から見知らぬ男が姿を見せた。


 その男から漂う気配に気づいた瞬間、御柱はそれが何者であるのか理解し、咄嗟に身構えていた。


「あれ?新月も起きちゃった?」


 ダーカーが微笑みながら、英語でそう話しかけてきた。その態度は余裕さを感じさせるものだが、御柱はこの状況にそれだけの余裕を持つことができない。


「どういう状況ですか?」


 そのように質問していると、見知らぬ男が御柱を見た。それは生物よりも人形と呼ぶ方が近い無機質な表情だ。

 そこに底知れぬ恐怖を感じ、思わず身震いした御柱の前で、男の顔面が波打った。


 何が起きたのかと理解しようとした瞬間には、御柱の眼前に男の顔から棘状の肉が伸びて、そこで先端を潰している。


「何が…?」


 そう呟いた御柱の視界の端で、ダーカーが両手を動かしている様子が見えた。


「今から、その人型を退けるから、中に入って、そこにいる幸善を頼むよ。こっちは一人で大丈夫だから」

「いや、しかし、本当に…?」


 御柱は未だに状況の理解ができていなかったのだが、この人型をダーカー一人に任せて大丈夫なのかという一抹の不安はあった。


 もちろん、ダーカーの話は聞いたことがあるのだが、そうだとしても、相手の人型はあまりに未知数だ。


 本当に大丈夫なのかと思ってしまった御柱の前で、笑顔のままのダーカーが口調を変えることなく呟いた。


「いいから幸善の方に行ってよ。君は足手まといなんだよ。そこにいるだけで邪魔なんだ」


 足手まとい。邪魔。ハッキリとそう言われたことに御柱は驚きながらも、それに怒りを覚えて抵抗する無意味さを御柱は良く理解していた。

 分かったと言う代わりに小さく頷いた御柱を見て、ダーカーが見知らぬ男の眼前を撫でるように、片手を動かした。


 その瞬間、突風に攫われたように男が吹き飛んだ。廊下を転がって、その位置から数十メートル離れた位置でようやく停止する。


 その隙に御柱は幸善の部屋に飛び込み、そこにいるという幸善を探そうとした。


 しかし、その部屋の中はほとんどの物が壊れている惨状で、その中に幸善がいるとは思えなかった。いたとしても、それらを壊した攻撃に巻き込まれ、無事でいるとは思えない。


 そう思っていたら、部屋の奥から物音が聞こえてくることに気づいた。御柱の部屋と同じ構造なら、そこは寝室のはずだ。


 そこに御柱が飛び込むと、ベッドの上に拘束された幸善を発見した。その傍に駆け寄ってみると、幸善が御柱を涙目で見てきた。どうやら、生きているようだ。


 御柱は幸善を拘束している何かを腕で掴み、幸善を助け出そうとする。そこで、そのロープか何かだと思っていた物が腕であることに気づいて、御柱は咄嗟に手を離す。

 腕がベッドに巻きつく形で幸善を拘束している。その気持ち悪さは語るまでもない。


「頼堂、動くな。動くと斬るかもしれない」


 そう言ってから、御柱は手刀を構えた。その動きを見た幸善が恐怖で身を縮こまらせるように、全身を一本の柱に変えている。


 その前で御柱は手刀を振って、幸善の身体を拘束していた腕を切り裂いた。


 それによって幸善はようやく解放され、我慢していたように深く息を吸っている。


「ラスさんは?」

「外で戦っている。俺達は邪魔だそうだ。実際、相手の動きが見切れない。的になる可能性の方が高い」

「ですが、一人で大丈夫だと思いますか?いくら序列持ちでも相手は人型ですよ?」


 その質問に御柱は自信を持って大丈夫と返すことができなかった。ダーカーの実力は実際に見たことがあるわけではない。


「分からないが、No.1に匹敵する実力者と言われる序列持ちのNo.10を信じるしかないだろう。取り敢えず、万が一に備えて様子を窺うことにしよう。この施設にいる他の仙人も動いているはずだからな」


 幸善はぎこちなく頷いていたが、それは納得したというわけではなさそうに見えた。

 実際、御柱も自分の言葉に自信があるわけではない。


 しかし、だからと言って、自分達に何かができるとは思えない、その無力さを噛み締めることしかできなかった。

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