星は遠くで輝いている(25)
唐突なチャイムは部屋の中の時間を止めたようだった。男は玄関のある方を向いたまま、一切の動きを止めている。その表情は無表情のままだ。
反応が一切なかったからか、間隔を空けて二度目のチャイムが鳴った。静かな部屋の中をその音が響き渡るが、男は未だに動く気配を見せない。
幸善はその音を聞きながら、誰がチャイムを鳴らしているのだろうかと考えていた。
この時間に客が来ることは常識的に考えてあり得ない。非常識な知り合いなら数人いるが、そういう知り合いは遠く海の向こう側だ。ここにはいない。
そもそも、この施設に知り合いと呼べる人物など、一緒にこの国に来た御柱と、通訳や案内、護衛を担当しているダーカーの二人ぐらいだ。
その二人で可能性があるとしたらダーカーの方だが、流石のダーカーも疲れ切って眠っている幸善を夜中に邪魔することはしないだろう。
それなら、一体誰がいるのかと幸善が考え始めた瞬間、扉を数度ノックする音が響いた。チャイムでも反応がなかったことから、更に音を立てる方法を選んだようだ。ノックする音は少しずつ大きくなる。
そのノックする音と一緒に声も聞こえてきた。
「幸善?聞こえるかい?」
それはダーカーの声だった。
それもただのダーカーの声ではない。どこか真剣さを感じさせる声だ。
「もしも聞こえているのなら返事をして欲しい。返事はできるか?」
ダーカーはそのように声をかけてくるが、ベッドに拘束されている幸善は声を出すことができない。必死に呻き声を上げてみるも、その程度の声が扉を貫通するはずもない。
「返事がない場合は中で何かがあったと判断して、扉を破るつもりだ。分かったね?」
「どうしてだ…?」
無表情のままベッドに腰かけていた男が小さく漏らすように呟いた。不思議そうに言った言葉は幸善も考えていたことだ。
確かに部屋の中では異常事態が発生している。それ自体に間違いはないが、それをダーカーがどうやって知ったのか分からない。ただの勘で、扉を破るとは思えないので、明確な理由があるはずだ。
そう思っていたら、玄関の方から強烈な音が響き、部屋の中に扉が吹き飛んできた。それに続いて、ダーカーが部屋の中に飛び込んできて、寝室を覗いた瞬間に、そこに座っていた男と目を合わせている。
「何者だ?」
そう呟いてから、ダーカーはベッドに拘束された幸善を発見したようだった。幸善を一瞥してから、男の素性を探るように鋭い目を向けていた。
「人型か?11番目の男の手先か?どちらにしても、味方ではなさそうだ」
「何故、ここに?」
「部屋の家電類は急な故障に対応できるように外から稼働状況が確認できるんだよ。そうしないと壊す馬鹿がいるからね。何をしたのか知らないけど、君は洗濯機を壊しただろう?」
それで確認するためにダーカーが来たのだが、幸善の反応がないことから何かあった可能性を考えて、部屋の中に飛び込んできたらしい。
その迅速過ぎる判断に普段なら恐ろしさを覚えるところだが、今回は助かったと思った。この状況でダーカーほどに頼もしい味方もいない。
ただ問題は相手が未知数の人型で、幸善はダーカーの実力を知らないところだ。序列持ちであるから、ある程度の実力者ではあると分かっているのだが、その実力者でも相手にならないことがあるのが人型だ。
そのことに一抹の不安を懐いていた幸善の前で、ダーカーがゆっくりと男に近づいた。
「どちらにしても拘束させてもらう」
「それは不可能だ」
男がそう呟いた瞬間、男の皮膚が不規則に波打ち、そこから棘状の肉がダーカーを貫くように伸びた。
それはダーカーの正面まで伸びて、そこで見えない壁に弾かれたように、急に方向を変えて部屋の中に飛び散るように伸びていく。それらは壁や天井にぶつかり、そこに深く突き刺さっていた。
そのまましばらく止まり、ゆっくりと震え始めたかと思っていると、棘状の肉達は急速に縮んで男の身体に戻っていく。
それから、男はダーカーの正面を不思議そうに眺めていた。
「何に妨害された?」
「考える必要はないから」
そう呟き、大きく手を動かしたダーカーの背後で、景色が大きく歪んだように見えた。
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