星は遠くで輝いている(24)

 脳が状況を完全に理解するまで、数秒間のタイムラグが発生していた。幸善はゆっくりと覚醒する頭を働かせながら、そこに立っている男と見合っていた。


 ゆっくりと思い出した記憶が確かなら、幸善の眠っている部屋は幸善に与えられた部屋のはずだ。そこに自分以外の人物を入れた記憶はない。

 それに何より、目の前の男は見た覚えがない。そのような人物を招き入れる理由がないので、幸善が部屋に招き入れた可能性は薄いだろう。


 次に考えるべきは状況だが、男はベッドの脇に立ち、自分の顔を見つめる幸善の顔を見つめ返している。その状況に正当な理由を求めたところで、幸善の頭では正当な理由の一つも思い浮かぶはずがなかった。

 その状況は何よりも異質だ。その存在と共に明らかに現実とは思えない。


 その中で僅かばかりの理由を見つけるなら、それは眠っている状況から考えて、これが夢である可能性だ。


 これは夢なのか。それとも現実なのか。その狭間で彷徨いながら、幸善は疑問を押さえることができなかった。その状況に対する疑問の一つが口からポロリと飛び出る。


「誰だ?」


 その質問を受けた男は表情を一切変えることがなかった。やはり、夢かと幸善が思ってしまうほどに、男は一切の動きを見せない。


 ただ一つだけ、幸善の疑問に答える気はあったのか、唇だけが僅かに動いた。そこから漏れ出る掠れた声が幸善の耳に届く。


「誰だと思う?


 その一言に幸善の神経が逆立つようだった。一瞬の内に頭が回転し、その不可解な状況に飛び込んだ一つの単語を解析しようとする。


 耳持ち。幸善のことをそう呼ぶ存在は限られている。

 その中で、この状況の不可解さと最も結びつきやすい存在は一つしかない。


「人ガ…!?」


 幸善が反射的に起き上がり、叫び声を上げようとした直後、ベッドの脇から細長い何かが伸びて、幸善の口元に絡みついてきた。それは幸善の声を封じながら、幸善の身体に巻きついて、その自由も奪おうとしてくる。


 普段の幸善なら、それに抵抗するところだったが、今日の幸善は前日の訓練の影響で、万全とは言えない状態にあった。

 その巻きついてきた何かを払おうとするが、その力は凄まじく、幸善はあっという間にベッドの上に拘束されていた。


 そこで分かったことだが、幸善に巻きついてきた何かは腕だったようだ。


 ただし、男の右腕と左腕はそのままの状態で残っているので、別の場所から伸びてきた別の腕ということらしい。それが二本分、幸善の身体に巻きついている。


「安心しろ。殺さない」


 そう男が呟いたように、人型に幸善が殺せない自体は理解していた。それはこれまでに接触した人型が話していることだ。


 問題は殺せないことと安心できることが繋がっていない点だ。


 人型は幸善を現状殺せないだけで、殺せる状況にはするつもりのはずだ。そのために幸善を連れていくはずで、そこでの扱いを考えると、幸善は殺されていた方がマシだと感じる可能性が非常に高い。


「さて、次はどうしようか…」


 そう呟きながら、男はベッドの上に腰を下ろした。考え込むように視線を天井に向けているが、その目は何を考えているのか一切分からない虚ろな目をしている。


 この男は本当に何かを考えているのかと思う一方で、今の内に何とか脱出できないかと幸善は考えていた。

 この状況を一刻も早く脱して、外に助けを呼びに行かないといけない。


 そう思ってから、幸善はふと疑問に思った。

 この男はどうやって、この場所にいるのだろうか、と。


 この施設に入るために通ったゲートは仙気を感知するもののはずだ。人間と人型を見極める唯一の方法が仙気の有無で、それこそが人型の大きな弱点とも言える。

 それがある以上、あの場所を人型が通過することはできない。それを破壊したなら、ここに辿りつくまでに何かしらの対応があったはずだ。


 しかし、今回は全く何もなく、この部屋に男はやってきた。本来は人型が入れない場所に人型が立っている。


 その異様さに幸善は眉を顰めた。男が何をしたのか、少しも想像することができない。


 そう思っていたら、男がベッドの脇でゆっくりと立ち上がった。ベッドの上で拘束した幸善を見下ろし、何かを思いついたように手を叩くが、その表情は一切変わらない。


「ああ、そうか。耳持ちを利用したらいいのか」


 そう呟いてから、自分の中で生じた疑問に気づいたのか、再び考え込むように天井を見ている。


「あれ?でも、合理性を重要視するのだったか?」


 男がそのように良く分からないことを呟きながら、幸善の隣で考え込んでいる最中のことだ。


 今は夜中であるはずなのに、幸善の部屋のチャイムが何者かによって鳴らされた。

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