星は遠くで輝いている(23)
幸善には二つ勘違いしていることがあった。
一つは幸善がこの施設で滞在する理由にもなった、本部に行くために必要な技術の会得難易度だ。自分にできるのかと幸善は不安になっていたが、いざ始まってみると、それはただの杞憂であることが分かった。
その技術は仙技の基本的な部分に当たる肉体強化の応用であり、仙気を移動に際して補助的に使うというものだった。
どうやら、性質変化ができると、その際の補助を務める役割が増えて、肉体的疲労を伴わない無理のない移動を可能にするらしいのだが、その辺りを一切気にしなければ問題ないと言われ、幸善の中で膨らんでいた不安は綺麗に消えていた。
ただし、そこに一つだけ問題が残っていて、それがもう一つの勘違いだ。
元から仙技の使える幸善はその手段に関して、ある程度のクオリティーで最初から実行できていたのだが、そこでダーカーは終わりにしなかった。
本番で百%の実力を出すためには練習の段階では百%を超えていなければいけない。その理論を以て、ダーカーは幸善に何度もその訓練を強いてきたのだ。
冷静に考えてみたら、ダーカーは表でも裏でも実力重視の世界で生きている。その根本的な部分には、その世界で生き抜くだけの厳しさがあるはずで、それまでの対応がどうであれ、訓練自体が優しいものである保証はどこにもなかった。
それに気づいた時には遅く、幸善は限界近くまで、ダーカーを相手に訓練をすることになってしまった。
そのため、部屋に帰ってきた時は即座にソファーに倒れ込むほどだった。
要領の良い御柱は幸善に比べると、かなり早くの段階でダーカーに合格の判定を出され、しばらく幸善の訓練を眺めていた。あれが本当に羨ましかったと思い出しながら、幸善はソファーに倒れ込んだまま、もぞもぞと服を脱ぎ始める。
仙気の使い過ぎで、ここまでの疲労感に襲われることは久しぶりだった。
ここまで追い込む必要があったのかと思う一方で、ここまで追い込むことが最近はなかったことに気づき、幸善は自分の中の甘えを感じていた。
仙術を使えるようになったことで、そこに胡坐を掻いているつもりはない。自分の実力が足りていないことは良く理解している。
それでも、最近はここまで自分を追い込むような特訓をしていなかった。それはタイミングが合わなかったとか、そういう理由だけで片づく話ではない。
自分自身でどこか、そこまでする必要がないと思っていた気持ちがあったのではないか。そう考え出したら、幸善は服を脱いだ体勢のまま、しばらく動けなくなっていた。
それは肉体的疲労だけが原因ではない。幸善は動き出そうとすぐに思えないほどに、これまでの自分を考える必要があった。
そのまま時間が経って、幸善の腹の虫が不満を漏らすように鳴った。その音を聞いたことで、幸善の思考が現実に戻ってきた。
考え過ぎていても仕方がない。腹が減ったことだし、何かを食べるかと思ったが、部屋を出る気にはなれない。身体が重過ぎる。
かと言って、幸善に料理の才能があるはずもない。それは相亀の領域だ。
今の自分にできることは、と考えて、幸善は食事を頼むことにした。
ダーカーに教わった方法で、適当に食べたい料理を伝えていると、部屋にダーカーが顔を見せた。御柱と一緒に食事に行くつもりのようで、幸善も誘いに来たらしいのだが、幸善は既に部屋に食事を届けてもらうように頼んだ後だった上に、今の疲労度で行けるとは思えない。
それに断ると、ダーカーは笑顔で「お大事に」と一言残して去っていった。その状態にしたのは誰かと言いたかったが、言う相手のいなくなった状態で言っても虚しいだけだ。
食事が届くまでの間に服を洗濯機に放り込み、軽くシャワーで汗を流してから、届いた食事を味わうこともせずに腹の中に掻き込んでいく。
それが終わると疲労に負け、幸善は気絶するようにベッドで横になって眠っていた。
出発は翌日中か、翌々日の早朝らしい。その辺りは本部からの返答次第で、取り敢えず、明日も今日と同じことをするのかと思ったところで幸善の意識は途絶える。
その次に幸善が目を覚ますことになるのは夜中のことだ。僅かな物音が幸善の耳に届き、幸善は重い瞼をゆっくりと開けていた。
働き切っていない音では何の音かも分からない。自分がどこで眠っているのかも定かではない。そのような状況で上体を起こすこともなく、ゆっくりと左右に首を動かす。
そこでベッドの脇に立っていた見知らぬ男と目が合った。
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