月と太陽は二つも存在しない(5)

 ストーカー。その表現は少し語弊があったが、間違いかと言われると間違いだと断言できるほど、行動に違いがあるわけではなかった。相亀の提案は要するに東雲の尾行だった。

 尾行して何になるのかと幸善は思い、実際に相亀に質問すると、相亀はスマホを片手に悪戦苦闘しながら、その考えを説明してくれた。


「要するに東雲が人型と逢わない状況を作り出せばいいんだろう?なら、東雲と接触している人型を何とかしてしまえばいい。だけど、それが俺達にできるとは思えない。そこでQ支部の力を借りるのが一番だと思ったわけだ」


 そこでQ支部を動かすために、東雲と人型が接触している場面を物的証拠として押さえよう。それが相亀の考えのようだった。意外とちゃんと考えられた作戦に幸善は感心しながら、何をそこまで悪戦苦闘しているのだと、幸善は疑問に思った。


「知ってるか?単語さえ分かれば、状況から相手が何を言いたいか大体分かるだろう?会話って、結局大事なのは単語なんだよ。それさえ話せたら、何となく会話は成立するんだ。それが最近分かった」


 そう相亀はスマホを弄りながら力説してきたのだが、その会話自体がそれまでの流れと噛み合っておらず、幸善は相亀が何を言い出したのか理解できなかった。どれだけ単語が分かっても、脈絡のない言葉の意味は伝わらない。それを相亀に教えてやりたいと思ったが、その前に幸善を止めるようにチャイムが鳴り、幸善と相亀は放課後に合流することになった。


 そして、迎えた放課後になり、幸善は約束していた下駄箱前で相亀と合流したのだが、そこで幸善は最初に気づくべきだった疑問に気づいていた。


「つーか、相亀いらなくね?」

「いや、いるだろう?発案者だぞ?」

「発案者って…別に俺一人でも東雲くらいなら尾行できるが?」

「馬鹿。万が一にでも見失ってみろ。それだけで危険性は増すんだぞ?一刻も早く解決するなら、目は多い方がいい」


 それらしいことをそれらしく言ってくる相亀に丸め込まれ、幸善はいまいち納得し切れないながらも、相亀と一緒に行動することになる。本当に複数の目がないと、東雲を見失うことになるのかと思ってしまうが、経験したことのないことに対して、そうならないと断言できるほどに幸善は自信家ではない。


 仕方なく、相亀と一緒に東雲を尾行することにし、下駄箱で東雲が来るまで待つことになるのだが、そこで相亀が思い出したように聞いてきた。


「そうだ。ふと思ったんだが、七実ななみ先生に相談するとかなかったのか?あの人、序列持ちナンバーズだろう?」

「それはダメだ。七実先生は序列持ちの前に教師だから、下手な動きはさせられない。東雲と人型の関わりとか、人型の居場所とか、そういうことの調査のために、これ以上動かせるのは問題だ」

「まあ、確かに。本当のストーカーに間違われたら人生終わりだな」

「前は大丈夫だったみたいだけど、今回もそうとは限らないからな。俺達でできることなら、俺達で済ませるべきだ」


 幸善の説明に相亀が納得したように声を漏らしたところで、ようやく目的の人物が下駄箱に現れた。朝から一切、幸善と関わることがなく、我妻や久世に目一杯気を遣われていた東雲だ。


「来たぞ。尾行を開始するから見つかるなよ」

「分かってるから黙ってろ」


 校門を出ていく東雲を追いかけて、幸善と相亀がこそこそと移動を開始した。人目を忍ぶ仙技でも使えれば話は変わるのだが、それが使えない以上、幸善と相亀は自力で隠れるしかない。


 物陰から物陰に、東雲が気づく前に移動する。それが完璧に行えるはずもなく、幸善や相亀は周囲の人から奇異の目で見られながら、移動する必要があった。


「なあ。普通に見られ捲ってるけど、通報されたりしないよな?」

「流石に学生二人を見て通報することはないと思うけど、知り合いに見られたら死ねるな」


 ストーカーではないと断言できるのだが、ストーカーに思われる行為をしていることの自覚はある。それを目撃された際に、どのように勘違いされるかも分かるので、幸善達は知り合いが近くにいないことを祈りながら、どこかに向かっている東雲を追いかけ続けた。


「こっちに東雲の家があるのか?」

「いや、方向が違う。どちらかというと…」


 この方面にはQ支部がある。そう思い、そのように幸善が言おうとした瞬間のことだった。


「何をしているんだ、お前ら?」


 その冷めた声が聞こえ、幸善と相亀は振り返った。まさか、背後を取られるとは、と二人は驚きながら、そこに立っている人物の顔を見て、同時に表情を強張らせる。


「ストーカーか?」


 二人の視線の先にいた東雲を確認し、二人を軽蔑する目で見ながら、そこに立っていた人物が呟いた。


「選りに選って、お前かよ…」

「知り合いでも最悪な部類だった…」


 そう呟いた二人の前で、葉様はざま涼介りょうすけが不快そうに眉を顰めた。

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