月と太陽は二つも存在しない(6)

 路上に散乱した生ゴミを見つめる目で、葉様は幸善と相亀を見下ろしていた。それに対して何かしらの言い訳をすることもなく、幸善と相亀はただひたすらに面倒臭さを感じていた。


 他の誰かなら誤解を解きたい気分にもなるのだが、葉様なら最悪勘違いされていても問題はない。その気持ちが幸善と相亀に共通の意識としてあった。


「そこから動くな。今から通報する」


 葉様が幸善と相亀をその場に釘づけするように睨みつけてから、スマホを取り出していた。


「ちょっと待て。話が変わってきた」

「ここは冷静に話し合おう。現状の把握がまず大事だ」

「何が冷静に話し合おうだ。犯罪者共め」

「だから、そこに誤解があるから、話し合いを…」


 至って冷静を装いながら、幸善と相亀は何とか葉様を説得しようと試みるが、葉様は一切聞く耳を持たずにスマホを操作し始めた。


「ちょっと!?冷静に話し合いを!?」

「相手の話を聞くのも大切だと思うよ!?」

「何をするんだ?冷静さを失っているのはそっちだろう!」


 幸善と相亀は葉様からスマホを奪おうと全力で飛びかかり、葉様はスマホを奪われないように全力で抵抗してきた。冷静な話し合いから実力行使に移っていたが、通報されては面倒な事態になる。


 幸善と相亀は二対一という構図を最大限に生かして、葉様を何とか制圧することに成功していた。


「犯罪者に負けるとは…」

「おいおい、人聞きの悪いことはやめてくれ。説明するから」

「お前の嫌いな妖怪が関わることなんだよ」


 その一言が葉様の興味を引き、そこからは幸善と葉様が当初、望んでいた冷静な話し合いに持ち込むことに成功していた。二人は東雲が人型と接触していることや、その対処にQ支部を動かすために、東雲と人型が接触している場面を証拠として押さえたいと説明する。


「それで尾行していたんだ」

「決して犯罪者ではない」

「そうか。そういうことか…」


 そう納得したように呟いてから、葉様は背負っていたバット袋を握り、正面にいる幸善と相亀を睨みつけた。


「よし、殺そう」

「どうして!?」

「待て!?話せば分かる!?」


 既に話し合いを終えた事実も忘れたように、幸善と相亀が両手を伸ばしながら、必死に叫んでいた。素手なら人数差で拘束することもできるが、刀を振るわれると事態は変わってくる。いろいろと大事になりかねないというか、絶対に大事になるだろう。


 そう思ったのだが、その二人の反応を見て、葉様は唐突に不思議そうな顔をした。


「何を言っているんだ?その人型を殺そうっていう話だが?」

「あっ…そっちか…何だ…」


 唐突な殺意が自分に向けられたものではないと気づき、幸善と相亀はホッと胸を撫で下ろしたが、すぐに冷静になった頭で思い返して、それどころではないことに気づいた。


「いやいや!?ちょっと待て!?流石に人型を相手するのは無理だぞ!?」

「無理だろうが妖怪は殺す。それが常識だ」

「そんな常識はない!」

「お前が一人で人型に挑むなら止めはしないが、今回はやめてくれ。東雲が関わっている時点で巻き込まれる可能性があるんだ」


 幸善が今回最も危惧していることを冷静に注意すると、流石の葉様も理解してくれたのか、眉を顰めたまま、バット袋をそっと下ろした。


「仕方ない。我慢しよう」

「趣味感覚で妖怪殺してるの?」


 東雲が関与している以上、大事には絶対にしない。その思いが何とか共有され、膨らみかけた事態に収拾がついたと幸善は一瞬ホッとしていたのだが、それも本当に一瞬のことだった。


 ホッとする幸善と、趣味感覚で人を殺す葉様に引いている相亀の前で、葉様がいかにも不思議そうに二人の向こう側を見ながら呟いた。


「ところで尾行相手を見失っているがいいのか?」

「はっ?」

「へっ?」


 は行を間抜けに呟き、幸善と相亀は一斉に振り返った。物陰から密かに見ていた東雲の姿を探してみるが、葉様と攻防を繰り返し、長い説明をしている間に、どこかに行ってしまったようだ。東雲の姿は忽然と消えている。


「やばい!?見失った!?」

「どうするんだよ、葉様!?お前の所為だぞ!?」

「いや、俺は…いや、そういうことを言っている場合じゃないだろう?とにかく探すべきだ」

「分かった。三方に分かれよう。葉様も協力してくれ。ありがとう」

「断らせるつもりのない速度の礼だが?」


 幸善達はその場で一旦分かれて、まだそこまで遠くにはいないはずの東雲を探すために走り出した。

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