月と太陽は二つも存在しない(4)

 登場した相亀に興味を示すことなく、幸善は再度、さっきの自分の行動に落胆していた。


「いや、何か言えよ」

「五月蝿い、暇人」

「ぶっ殺すぞ、色ボケ野郎」


 相亀に一切の興味を示さない幸善に苛立った様子を見せながら、相亀は東雲の立ち去った方向に目を向ける。相亀が来た段階で、東雲は既にいなかったはずなのだが、その様子を見るからに、幸善と東雲の会話を聞いていたようだ。


「どうした?告白して振られたか?」

「んなわけあるか」

「なら、振ったのか?」

「はあ?東雲が俺に告白してくるわけがないだろうが」

「え?」

「ん?何だ?」


 分かり切ったことを聞いてくると思っていた幸善とは対照的に、相亀は幸善の反応に心底不思議そうな顔をしていた。その顔に幸善が同じ表情で返すと、相亀は幸善の神経を逆撫でする振る舞いで、盛大な溜め息をつく。


「何だよ、その反応は。つーか、聞いてたんじゃないのかよ?」

「声は聞こえたが、内容までは聞こえなかった。喧嘩でもしてるなら、止める必要があるかと思って来てみたら、お前が痴話喧嘩の最中だったってだけだ。まあ、冗談のつもりだったが、そこまで冗談みたいなことを言い出すとは思っていなかった」

「どういう意味だ?」

「分からないのなら、分からなくていい」


 相亀の言い方に幸善が苛立ちを募らせていると、何を思ったのか、相亀が幸善の隣に座り込んできた。その姿を幸善は睨みつけるが、相亀はさっきの仕返しと言わんばかりに気にする素振りを見せない。


「まあ、あれだろう?どうせ、他の女の人と一緒にいるところを目撃されたとかだろう?」


 本当に何をしたいのか分からないが、再度、相亀は幸善を揶揄うような言葉を投げかけてくる。それに対して幸善は反論したいところだったが、残念なことに今度の一言はそういかなかった。


「いや…まあ…」

「え…?」


 幸善の煮え切らない反応に相亀が絶句していた。まさか、自分の揶揄いが的中してしまったのかという思いと、お前は何をしているのだと言いたげな視線が幸善に伝わってくる。


「実際にそれが原因で何かあったわけじゃないけど、それ関係でいろいろと問題が起こった」

「あのさ…謝るなら、早い方がいいぞ」

「いや、謝るとかじゃなくて…」


 幸善は内容が内容だったので、相亀に説明するべきか迷ったが、この話を一人で対処することは難しい。その思いから、相亀が相手であるにも拘らず、幸善は東雲とのやり取りを説明していた。


「東雲にQ支部に入るところを目撃された」

「はあ?マジかよ?」

「ああ、それで何をしているか聞かれたんだ。普通は開かない扉が開いたからな。何かあると流石に気づいたんだろう」

「それで?説明したのか?」

「いや。ただ、どうして、その場所にいるか気になって、それを聞いたら、東雲が以前に接触した人型と再度、接触していることが分かった」


 その言葉に流石の相亀も絶句しているようだった。身近な人間が人型と接触した危険性は、人型の力を一度でも感じたことのある相亀なら分かるはずだ。それに対して、幸善がどう思ったかも想像つくはずだ。


「そいつは狙われているってことか?」

「東雲を直接狙うかどうかは分からないが、少なくとも、俺を誘き寄せる餌くらいには考えているだろうな。何か起きる可能性が高い」

「それで逢わないように説得したが、詳細な説明ができない以上、東雲が聞くはずもなく、喧嘩になったという感じか」


 相亀の推察は完全に目撃していたように的中していたが、やはり見ていたのかと幸善は口に出す余裕がなかった。

 それよりも相亀の登場で幸善は別のことを考えていた。


「そうだ。俺が一緒にいると、まだ何か言われそうだから、お前が東雲の護衛についてくれないか?人型との接触が防げればいい」

「お前は俺を殺す気か?」

「殺す気って、別に人型と戦わなくても…」

「そういうことじゃねぇー!?」


 顔を真っ赤にして怒り出した相亀を見て、幸善は相亀がどれだけ女性を苦手としているか思い出した。確かに東雲とずっと一緒にいたら、相亀は卒倒して亡くなりそうだ。


「悪い。魚が空を飛ぶくらい無理なことを言った」

「いや、流石にそこまで絶望的ではないが」

「落ちてきた月を受け止める方がまだ可能性があった」

「そんなにじゃねぇーよ!?」


 相亀の絶叫を聞きながら、幸善はどうするべきか考えていた。このままで良いはずはないのだが、幸善にできることがあるのか分からない。


 そうしたら、隣で唐突に相亀が声を出した。


「そうだ。一つだけ方法がある」

「え?マジで?」

「確実…と断言できるくらいに確実かは分からないが、俺達が人型を相手するなら、この手段が一番のはずだ」


 そう言いながら、相亀は唐突にスマホを取り出した。


「誰かに連絡するのか?」

「ああ。ちょっと放課後の予定をキャンセルする」

「予定をキャンセルって…何をする気だ?」

「ストーカーだ!」


 幸善は相亀を精一杯の白い目で見た。

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