月と太陽は二つも存在しない(3)

 昨日、幸善がQ支部を訪れたことは間違いない事実だった。満木からQ支部で何かがあると聞かされ、幸善はその確認のために、満木や皐月さつき凛子りんこと一緒にQ支部を訪れた。


 その結果は先ほども述べた通り、詳細の判明に至らなかったのだが、目撃情報からそこに御柱みはしら新月しんげつが関わっていることは分かった。


 だから何かと聞かれたら、特に言えることはないのだが、それだけ大きな事態であることは確かなようだ。Q支部を巻き込んだ何かが幸善の知らないところで起きているらしい。


 しかし、その大きな事態も気にならないほどの事態に、幸善自身も巻き込まれていた。自分に開かずのトイレの画像を見せながら、詰め寄ってくる東雲の姿に、幸善の頭は混乱し切っていた。


「何を言っているんだ…?」


 誤魔化そうとしたわけではない。ただ理解の追いつかない現実を理解するために、時間を稼ごうと思い、幸善はその言葉を口にした。


 しかし、それが東雲の癪に障ったようだ。東雲は幸善を睨みつけるように見上げ、勢い良く幸善に顔を近づけてきた。その迫力に幸善は気圧され、校舎の壁に背中をぶつける。


「誤魔化さないで!」

「誤魔化しているわけじゃ…」

「ちゃんと私は見たんだからね。このトイレに幸善君が女の人二人と一緒に入っていくところを」


 台詞だけ聞いたら痴話喧嘩のようだが、まだそっちの方が良かったと幸善は思っていた。人間関係が大きく拗れることもあるかもしれないが、どんな関係性でも修復できる可能性はゼロではない。


 しかし、幸善の今抱えている問題に関わると、直接的な生死が関わる可能性があり、その場合は修復どころか、関係性が完全に途絶えることになる。


 奇隠や仙人、妖怪に関する秘密よりも、周囲の人間を巻き込みたくない。その気持ちが強くて、幸善は何も話さなかったのだが、そこに東雲が飛び込もうとしている。


 その事実に幸善はどう対応していいのか分からなくなっていた。東雲に本当のことは教えられないが、東雲がそれで納得する性格ではないことも知っている。


「このトイレが開かないことは確認したのに、幸善君達は普通に開けて入ってた。これって、どういうことなの?」


 怒鳴るわけでもなく、静かに怒りを見せる東雲に、幸善は何を言えばいいのか分からなかった。東雲が何に怒っているのか分からなければ、トイレのことをそこまで知りたい理由が分からない。都市伝説の類がそこまで好きだっただろうかと幸善は疑問に思う。


 それから、幸善はふと疑問に思った。あの場所は開かずのトイレが放置されるくらいに、人の訪れがない場所だ。それこそ、Q支部に入る仙人くらいしか訪れない。


 その場所に東雲はどうしていたのだろうか。


 仮に幸善を尾行して、あの場所を見つけたのなら、豚との戯れも知っているはずであり、そこを疑問に思わないはずがない。

 あの場所に入ることだけを疑問に思っているからには、あの場所で幸善達を目撃したことになるが、あの場所に行く理由が分からない。


「そもそも、何で東雲はあのトイレに?」

「話を逸らさないで」

「いや、だって、普通に行く場所じゃないし」

「前に言ってた男の子が案内してくれただけだよ。幸善君を目撃したって」


 前に言っていた男の子。それが誰なのか分からなかったが、東雲がそこから詳細を説明してくれて、幸善の頭の中に一人の子供の姿が思い浮かんだ。


 青い髪をした男の子。赤い髪をした女の子と一緒にいた双子に見える男の子で、その男の子は手から氷を生み出す。


 奇隠の敵対する相手であり、奇隠が創設するに至った理由でもある人型ヒトガタの一体だ。


 その男の子と東雲が逢っていたと聞き、幸善は反射的に東雲の肩を掴んでいた。急に掴まれたことに東雲は驚いたようで、全身を硬直させている。


「そいつと逢ってたのか!?今も!?」

「え?何?」

「その男の子と逢ったのか!?」

「逢ったけど、何?それよりも…」

「それよりもじゃない!そいつと一緒にいたらダメだ!」

「はあ?」


 東雲が人型と一緒にいた。その事実に幸善は最悪の想像を膨らませてしまい、取り乱していた。その様子をおかしく思いながらも、東雲は何の説明もなく、納得するはずもなかった。


「どういうこと?説明して」

「それは…」


 説明しようにも、人型に関する多くの説明を東雲にはできない。それを聞いたことで悩んだ経験のある幸善だからこそ、その説明は余計に簡単にはできない。


「何も言わないのに納得できるわけないじゃん。幸善君、勝手だよ」

「いや、それはそうだけど…でも、そいつは…!?」

「そいつは何?私の聞いたことにも答えてくれないのに、どうして幸善君の言うことは一方的に聞かないといけないの?幸善君は何を隠してるの?どうして何も教えてくれないの?」


 東雲の質問攻めに幸善は口を噤むことしかできなかった。東雲のためとは思っているのだが、そのために説明することができないもどかしさに、幸善は唇を噛み締める。


「もう…分からないよ…幸善君のこと…」


 最後に悲しげに東雲が呟き、東雲はその場から立ち去ってしまった。その後ろ姿に声をかけようとしたが、説明のできない自分に、どうやって伝えられるのか分からず、幸善は声が出せなかった。


 そのまま、東雲が立ち去った後、幸善はその場に座り込んで、さっきの自分の態度に落胆していた。何の説明もしないまま、一方的に意見をぶつけるだけぶつけて、勝手にも程がある。


 どうしようもないことは分かっているのだが、ちゃんとした対応を見つけるべきだった。そう思い返して、幸善は頭を抱える。


「何だ?痴話喧嘩か?」


 そこで幸善にそう声をかけてくる人物がいた。その声に幸善が顔を上げると、校舎の陰からこちらに歩いてくる人を見つける。


 それは相亀あいがめ弦次げんじだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る