影が庇護する島に生きる(44)
ウィームは安心したらしく、ベネオラに抱きついたまま、眠りに落ちていた。朝から森の中を一人で移動した上に、キッドの前に飛び出した恐怖から、かなりの疲れが溜まっていたのだろう。
ベネオラが眠ったままのウィームを抱き上げて、寝室に連れていく。冲方はそれについていく形で、その部屋の中で治療をしているはずの楓の様子を見に来た。
「傷の方はどうですか?」
楓は有間の手を借りながら、自分の足に包帯を巻いている最中のようだった。どうやら、一通りの治療は終わったらしい。
「取り敢えず、応急処置は自力でできたわ。これ以上となると、もう一つの部隊の仙医と合流するか、奇隠まで帰るしかないわね」
そう説明しながら、楓は負傷した足を見て苦笑していた。
「本当に情けない。怪我の治療のために来たのに、自分が怪我をするなんて、役立たずにも程がある」
「そんなことはありません。貴女がいたから、私達は負傷を恐れることなく戦えたのですから」
「だけど、あの戦いで私が足手まといだった事実は変わらないわ。それだけは変えようのない事実なの。それを否定するつもりはないわ。ただ次はそうはいかない」
楓はきつく包帯を巻いて、痛みを確認するように足を動かしていた。痛み止めが効いているのか、痛み自体は少ないようだが、足に力が上手く入らないようで、立ち上がるのに時間がかかっている。
「次はもっと役に立ってみせる。今回みたいにならないようにするわ。まあ、その次がすぐにあるのか、別の機会になるのか分からないけどね」
島の秘密の大部分は解明できていないが、この島にいる敵がキッドであることは判明した。それを相手にするのに、現状の戦力で足りるのかどうか、その判断を御柱達が下すに違いない。その内容次第では、この島からの撤退も十分に考えられた。
「正直、勝てると思いますか…?」
二人の会話を黙って聞いていた有間が心配した表情で聞いてきた。その表情が今の質問に対する有間の答えを表しているようだ。
冲方も正直な気持ちを口に出してしまえば、あのキッドに自分達で勝てるとは思えなかった。それは自分達の実力が足りていないからではなく、キッドという存在に勝てる存在が思い浮かばないほどに、キッドは化け物染みて見えた。
それこそ以前、日本のQ支部を襲ったと聞いた時のキッドに対する印象と、実際に相対したキッドの印象では大きな隔たりがあった。
冲方と楓が何も言わないこと自体が、既に返答だと有間は悟ったようだった。小さく、「そうですよね」と呟くと、俯きながら楓の医療器具の片づけを手伝っている。
「だけど、不思議よね。あれだけの力があるのなら、Q支部くらいは簡単に破壊できただろうに」
楓の指摘は尤もだった。一部とはいえ、森を飲み込むほどの力だ。それを行使したら、序列持ちが数人いるQ支部でも、R支部と同じように壊滅させることはできたはずだ。
「単純に支部の壊滅が目的ではないから、そうしなかったのかな?それとも…」
楓の呟きを聞きながら、冲方はキッドとの戦闘を思い返していた。当初はアシモフや有間の力で圧倒できていたキッドだが、次第に力を盛り返していき、最終的にアシモフが手も足も出ない状態にさせられていた。
あの変化をキッド自身はギアが上がってきたと言っていたが、場合によっては早々に決着をつけられる可能性のある危険な状況だ。好き好んで作り出したとは思えない。
「何かしらの秘密があるのかもしれませんね。元々、三頭仙しか使えなかったはずの仙術です。それを使用するに当たって、何かしらの制限があるのかもしれません」
例えば、頼堂幸善が妖気に触れる必要があるように。キッドの仙術にも何かしらの制限や使用条件があり、それが絶対的に力を振るえない理由になっているのかもしれない。
冲方はそう考察したが、その考察があったとしても、その理由を見つけ出す前に冲方達が殺される可能性の方が高い。
「そうだとしても、この人数で勝てるのかな?」
楓の心配したような呟きを誰もが思ったようだ。それは表情を暗くした冲方や有間に限った話ではなく、御柱達もそうだったようで、それからしばらく、村に帰ってきた御柱の口から、撤退の二文字が聞かされることになる。
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