影が庇護する島に生きる(26)

 目的地となる岩山を目標に歩きながら、冲方は昨日得た情報を第二部隊の面々に共有していた。島の管理者と呼ばれる人物の周辺に、友人と表現される人物が複数人いるという情報である。


 その情報は聞いた時の冲方や楓と同じ衝撃を御柱達に与えたらしく、冲方からその話を聞いた瞬間、御柱達の足は自然と止まっていた。


「友人?グループでこの島にいるということか?」

「グループと表現するべきなのか、組織と表現するべきなのか分かりませんが、島の管理者以外にも情報を知っている人物がいることは確かですね」

「もしかして、森の中で発見される女の子も、その一人なのでは?」


 渦良の疑問は冲方も既に考えたことだった。森の子供は先に情報を入手したこともあって、冲方達の認識の中で特別扱いされているが、それに匹敵する人物が他にもいると考えるべきだろう。


「そうなると、この島の存在は本格的に見逃せない可能性が高いな」


 外部から観測できない島の管理に、何らかの組織が関与しているのなら、そこに悪意の籠った目的が内包されている可能性は非常に高い。


 その目的に妖怪が関与しているかどうかは分からないが、観測を阻害する力はそれに類似した力であるはずだ。それは仙気を用いた奇隠の観測を阻害したことから推測できる。


 妖怪や仙人と同じか、それに近しい力が存在している時点で、その対処を警察や軍隊のような一般人に任せることはできない。


 目的を突き止めた上で、冲方達が然るべき対応をしないといけない。御柱の呟きを聞いた冲方は、そのことを改めて肝に銘じる必要があった。


「その前に、まずは肩透かしを食らわなければいいんですけどね」


 冲方達の話を聞いていた楓が、前方に聳え立つ岩山を見つめながら呟いた。


 楓が危惧している通り、まだ立入禁止区域に何かがあると判明したわけではなく、そこに何かがあると冲方達が予想を立てただけだ。その何かがない可能性も、仮に存在していたとして、容易に冲方達に発見できない可能性もある。


 その場所に踏み込んだことで、島の管理者を始めとする島の秘密に関与する者が現れてくれることを願っているが、それもただ願っているだけで確証があるわけではない。


 わざわざ、その一帯を立入禁止にするくらいなのだから、それはないと思っているが、思っているだけであって、確実にないとは言い切れない。その不安をそのままに表すように、楓の呟きに御柱は何も答えなかった。


 そこから数分が経過し、周囲に動物の痕跡が増えてきたことで、冲方達は自分達が立入禁止区域に踏み込んだことを理解した。

 ここからは島の秘密に繋がる可能性が高く、同時に、未だに正体の分からない島の管理者を筆頭とした謎の存在と接触する可能性も高くなる。


 まだ敵対すると決まったわけではないが、敵対する可能性が残されている以上、冲方達は気を抜くことができない。周囲に意識を向けながら、目前に迫った岩山を目標に冲方達はゆっくりと歩みを進める必要があった。


 その一連の行動で冲方達が想像以上の疲労を抱えた一方で、警戒していた相手は冲方達の前に現れることなく、冲方達は岩山の麓まで辿りついていた。


 立入禁止であると聞き、絶対に何かがあるのかと思っていたが、ここに至るまで何も見つからず、岩山に到着した安堵感や達成感よりも、落胆の方が強かった。


「やっぱり、肩透かし?」


 楓が何もなかった事実に苛立ちを見せながら呟いたが、まだ調査が済んだわけではない。立入禁止区域の中に岩山も含まれているので、まだこの岩山に何かがあるかもしれないと考え、冲方達は岩山を調べてみることにする。


 しかし、楓と渦良は既に諦めてしまったのか、あまり乗り気ではないように見えた。


「探すんですか?」

「きっと何も見つかりませんよ」


 渦良と楓は否定的に言っていたが、冲方達は――特にアシモフはそのように考えていなかった。岩山を念入りに調べながら、二人に伝わらない言葉でアシモフが語り始める。


「ここに来るまで、動物の痕跡は増えてきたが、その一方で未だに動物自体は発見できていない。つまり、この周辺のどこかに隠れているということだ。理由は分からないが、動物達が理由もなく、どこかに隠れるとは思えない」


 アシモフの語った言葉を御柱が通訳し、ちゃんと理解できた上で楓が投げやりに呟いた。


「その辺の洞窟で雑魚寝でもしているんじゃない?きっとシェアハウスしてるのよ」

「いやいや、動物がシェアハウスって」


 流石の渦良でも、そこまでの発想はなかったようで、冷めた声で楓にツッコミを入れていたが、その思いつきは思いつきとも言えないようだった。


「本当にありましたよ」


 岩山の周辺を捜索していた冲方が、楓の言っていた通りの洞窟を発見し、御柱達に声をかけていた。まさか、本当に洞窟が見つかるとは思っていなかったのか、流石の楓も驚いた顔をしている。


「本当にあったの…?」


 驚く楓の隣ではアシモフが洞窟の壁に這う形で育っている植物を観察していた。その表面に触れて、不思議そうな顔をしている。


「これは樹木だ。洞窟の中から樹木が伸びてくるのは珍しい。この中で、これだけの樹木が育つ環境があるのだろうか?」

「それは動物が生息できる環境ですか?」

「その可能性はある」


 楓の予言が的中したのか、本当に洞窟の中に動物がいる可能性が生まれ、冲方達は洞窟内部の調査のために、その中に踏み込もうとした。


 その寸前、冲方は洞窟の入口付近で不自然な影が動いていることに気づいた。その影が気になって目で追いかけたことで、冲方はその影が人の形をしていることや、ただの影ではないことにも気づくことになった。


 さっきから冲方を含めて、その場にいる誰も気づいていなかったのだが、洞窟の入口付近にいつのまにか、一人の人物が立っていた。その存在に冲方が気づいたタイミングで、御柱達も気づいたらしく、全員が警戒して洞窟から距離を離した。


「勝手に入ってきたらダメだろう?そいつは不法侵入だ」


 洞窟の暗闇の中から、英語を話す男の声が聞こえてきた。その声に御柱が何者か問おうとしていたが、その質問を口に出す前に、その暗闇から男が顔を出し、冲方達は息を止めた。


「どうして、ここにいる…?」


 御柱が自然と呟いた質問の言葉は、冲方達全員が思っていることだった。


「何だ?にいたら悪いのか?」


 そのように笑いながら呟く男は間違いなく、冲方達が少し前に日本で見た男だった。


 11番目の男ジャック。そう呼ばれる男が目の前に立っていた。

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