影が庇護する島に生きる(27)

 攻撃の予兆があったわけではないが、不敵に笑うパンク・ド・キッドを前にして、武器を構えないという選択肢は冲方達に残されていなかった。

 キッドの攻撃が影を用いたものであることも、その攻撃が不意にやってくることも知っている。キッドがキッドと分かる前に、意識の外から姿を現した段階で、冲方達は警戒していたが、その警戒を更に強める必要があった。


 その様子にキッドは更に楽しそうな笑みを強めた。


「島の中を自由に動き回るのは結構だが、ルールは守ってもらわないといけないな。聞いてないのか?ここは立入禁止だ」

「その中に何かあるのか?」


 御柱の質問を聞いた瞬間、キッドが破裂するように笑い声を上げた。それまでは声を上げるほどではなかったが、流石に声を上げずにいられなかったというようであり、キッドの笑い声が洞窟の中から反響して聞こえてくる。


「だとしたら、どうなんだ?」


 目尻に乗った涙を指で掬いながら、キッドが御柱に聞いてきた。その問いに対する答えは口に出すまでもなく、聞いてきた本人も分かっていることのはずだ。


「そこを通してもらう」


 そう告げた御柱が合図を出し、薙刀を持った渦良が真っ先に飛び出した。その初速の速さから対応できなかったのか、対応しなかったのか分からないが、一切動く気配のないキッドに接近し、渦良は大きく薙刀を振るう。


 しかし、その薙刀はキッドに届くことなく、洞窟の中から伸びてきた黒い壁に阻まれることになった。その状況になっても、キッドは笑っているだけで一切の動きを未だに見せていない。


「おいおい…!?予備動作なしかよ…!?」


 渦良が思わず呟いた直後、薙刀を受け止めていた黒い壁が膨らみ、渦良の腹部を狙って伸びてきた。その勢いは拳を叩き込まれるようだったが、渦良は何とか対応が間に合い、薙刀の柄でその攻撃を防ぐことに成功していた。


 その渦良の陰から、冲方がキッドに接近することに成功していた。正面を切って突入した渦良に隠れていたことから、冲方の存在に気づくまでキッドは遅れたはずだ。

 その隙を狙って、冲方が二本の刀を連続で振るい、キッドの胴体を複数回に渡って斬りつける。


 しかし、その刀のどれにも肉を斬った感触がなく、違和感を覚えた冲方の前で、キッドが笑みを強めて胴体を見せてきた。


「悪いが保護済みだ」


 そう呟いたキッドの腹部には、キッドの足元から伸びた影が包帯のように巻きついていた。冲方の刀はその表面を撫でているだけで、一切キッドには届いていない。


「厄介だね…」


 冲方が苦笑しながら呟いた瞬間、洞窟の中から黒い塊が飛び出し、冲方を吹き飛ばした。何らかの攻撃が来ることは予想し、防御態勢に移行していたので、直撃自体は避けられたが、その攻撃の大きさに冲方は着実にダメージを受けていた。

 キッドから離れた場所に着地し、冲方は膝を突く。影による保護がある段階で、冲方や渦良の武器によるダメージは期待できなかった。


 それならどうするのかと冲方が考えるよりも先に、渦良や冲方に続いて、有間がキッドとの距離を詰めていた。渦良や冲方と違い、武器を持たない有間の接近に、キッドは警戒していなかったのか、少し驚いた顔を見せている。


「おっと。あんたも来るのか」


 そう言いながら、優しく有間を追い払おうと思ったのか、叩くような形で動かされたキッドの腕を有間が掴んだ。


「おっ?」

「ごめんなさい!」


 その叫びと同時に有間がキッドの腹部に目がけて拳を振り抜き、キッドの身体が一瞬、宙に浮いた。その衝撃は鋭利な攻撃を受け止めた影による保護では受け止められなかったようで、キッドは大きく目を見開きながら、口から苦悶の音を漏らした。


「ごっ…待てよ、おい…!何だ、この一撃は…!?」


 早口で捲し立てながら、体勢を整えようとしたキッドに向かって、再度有間が拳を構えた。今度は何の保護もない顔面に向かって、有間が構えた拳を振り切る。


「ごめんなさい!」


 その叫びと共にキッドの身体は宙を舞い、洞窟から引き剥がされるように地面を転がった。


 顔面に入った一撃で口内を切ったのか、血の混じった唾を地面に吐きながら、キッドが笑えていない笑い声を上げる。


「ハッハッハ…面白いじゃねぇーか…そういうことするなら、加減もなく相手してやるよ!」


 そうキッドが叫んだ瞬間だった。周囲に耳慣れない破裂音が響き渡り、キッドの横に聳え立つ岩山の一部に穴が開いた。

 その音を聞いたキッドが有間から目を移し、木々の近くに立っていたアシモフを睨んでくる。


「そうか。No.5がいたな」


 ついに一切の笑みが消えた表情を浮かべるキッドに、アシモフは一瞬の揺るぎもなく、自分の武器を向けていた。

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