影が庇護する島に生きる(25)

 莫大な水が莫大な仙気と一緒に蠢き、森の一部をただの平野に変える少し前のことだ。第一部隊がそうしたように、第二部隊も早朝から行動を開始していた。

 目標は岩山付近に広がる立入禁止区域。そこで島の管理者を筆頭とする島の秘密に精通した者を発見することだ。


 立入禁止区域に踏み込むことが村人達に知られては面倒な事態になる。誰にも知られないように気をつけながら、冲方達は宿泊している家から抜け出す必要があったのだが、それは非常に困難なことだった。


 特に冲方は戦闘時のために刀を所持している。それは冲方の意思と関係なく、不要な音を立てる代物だ。

 ガチャガチャという音が鳴れば、何かと思って目を覚ます者がいる。それは人に依ることだが、それに確実に該当する人物が一人いることを冲方は既に知っていた。


「どこに行くの?」


 冲方と楓が家を出ようとした瞬間、寝室から現れたウィームが声をかけてきた。


 思い返せば、ウィームは上陸した船の存在に気づき、森まで様子を見に来たくらいなのだから、冲方の刀の音が鳴れば、何があるのかと起きることは当たり前だった。


 楓が自分の始末なのだから、自分で解決するように、と言わんばかりに冲方を睨んできたので、冲方はウィームに説明するだけの言葉を拵えようとする。


「今から言っていた通り、島を調べるところなんだよ」


 嘘はついていない。具体的な場所を言っていないだけで、島の調査を進めること自体は間違っていない。

 ウィームは冲方の説明を聞き、しばらく不思議そうな顔をしてから、窓の外に目を向け、聞いてきた。


「こんなに朝早くから?」


 朝早い、という言葉に、冲方は少し深めに息を吸った。

 純粋な疑問であることは分かるのだが、純粋さが人を刺すこともある。今のウィームの質問は見事に冲方の心を貫き、動揺を与えてきた。


「え…うん…」


 冲方が中途半端な返答を口に出した瞬間、楓がウィームに見えない角度で、拳を背中に叩き込んできた。冲方は口から空気を多めに吐き出し、声とは呼べない音を漏らす。


「もうちょっと…!ちゃんと説明…!」


 楓はそう言ってくるのだが、ありもしない説明をすぐに持ち出すことは難しい。正直、記憶を消してしまった方が早いのではないかと思うほどだが、その装置をこの絶海の孤島に持ってきているはずもなく、冲方は自分の言葉を用意するしかない。


「その…朝はまだ詳しく調べてなかったから!時間帯によって変化があるのかと思って!」


 口から出任せを並べて、翻訳アプリに呟いた言葉を、そのままの勢いで冲方はウィームに伝えた。ウィームはまだ不思議そうだったが、何とか疑問は潰えたらしく、そうなのかと納得したように呟いて、冲方に頑張るように言ってきた。

 冲方は嘘をついたことに多少の罪悪感を覚えながらも、ウィームの言葉にお礼を言って、再び寝室に戻ったウィームを見送ってから、楓と一緒にようやく家を出た。


 冲方と楓が家を出た段階で、村と森を繋ぐ入口には、既に他の第二部隊の面々が揃っていた。具体的な集合時間を決めていたわけではないのだが、既に待機していた四人に比べて、冲方と楓は明らかに遅れたためか、渦良が顔のパーツを全て眉間に寄せる勢いで皺を寄せ、ようやく登場した冲方と楓を睨んでくる。


「遅い」


 端的に冷たく鋭く、そこまでの苛立ちを吐き捨てるように呟いた渦良を見て、楓が同じように眉間に皺を寄せた。


「ちょっと遅れたくらいじゃん。その態度はないでしょう?」

「あのな…!」


 楓の言い分に更に苛立ちを募らせたのか、渦良が静かに激昂しながら、冲方と楓に急接近してきた。二人の首に腕を回しながら、他の三人に届かないくらいの声で言ってくる。


「この状況で放置される気になってみろ…!」


 渦良の言い分に冲方と楓は自然と視線を他の三人に向けていた。いつもと変わらない様子の有間に、御柱とアシモフが一言の会話もなく、揃った冲方達を見てきている。

 そこに渦良のような苛立ちは感じないが、この空間にひたすらにいることを考えたら、冲方は窒息しそうな気分になった。


「申し訳ありません」

「ごめんなさい」


 二人の謝罪に渦良は納得したように頷き、その声がしっかりと聞こえていたように、御柱がタイミング良く声をかけてきた。


「揃ったなら、そろそろ出発するぞ。目標は岩山だ。そこに何があるのか確認する」


 御柱の言葉に頷き、冲方達がようやく出発しようとする。その直前になって、御柱が渦良にこっそりと近づき、囁くように言っていた。


「内緒話はもう少し小声でするべきだ」


 その一言に渦良が助けを求める目を冲方達に向けてきたが、冲方達は一切目を合わすことなく、森の中に歩き出した。

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