影が庇護する島に生きる(24)

 白い肌。青い瞳。プラチナブロンド。そこに無表情としか表現のできない表情の乏しさが加わり、どこか精巧に作られた人形のような印象を与えてくる男だった。

 口元だけを動かして発せられる言葉は、その大半の意味が分からない傘井にも、向けられた敵意を感じさせるほどに冷たいものだ。


「何者だ?」


 羽衣が半ば睨みつける形で、男に質問していた。男の正体を探る言葉であることは分かり、その質問に男が答える気がないことも分かった。

 次に放った男の言葉は非常にシンプルで、傘井にも分かるものだった。


「去れ。もしくは死ね」


 敵意が殺意に。明確に攻撃の意思がそこに存在すると分かった瞬間、傘井達はそれぞれの武器を構えようとした。


 しかし、男の動きはそれよりも速く、傘井達に武器を抜かせる時間を与えてくれるはずもなかった。


 そもそも、男の攻撃は既に始まっていたのである。その攻撃に対して、傘井が懐いた印象がそのままに正解だとしたら、その攻撃はこの場にいる誰よりも速く、そして、誰よりも強いものだ。


 その危機感を傘井が思い出した時には、既に背後に降り注いでいたはずの滝のような雨が消え、上空で巨大な水溜まりを作り出していた。


「水の重さはそのままに全てを踏み潰す」

「散開!」


 羽衣の叫びが脳で処理されるよりも早く、脊髄反射の形で傘井達は周囲に飛び出していた。


 その直後、傘井達がさっきまで立っていた場所に、上空に集められた水溜まりが大きく弾けて、大量の水が落下してきた。


 滝。瀑布。それらの言葉で表される自然現象がそのままに、何もないはずの森の真ん中で発生し、傘井達を襲ってきていた。


 幸いにも、脊髄反射的に飛び出したことで、傘井達はそれらの水の直撃を避けることができたが、足元まで到達したその一端とも呼べる水の流れは、仙気をまとった傘井達の足を持っていきそうなほどに激しかった。


 それら道理の失った明らかに自然現象ではない現象自体は、妖怪と相対した時に起きる可能性の高いものだ。それが妖怪の扱う妖術であり、その経験は大なり小なり、第一部隊の誰しもがあった。


 問題は男の操った水から漂ってくる気配が妖気ではないところだった。


 それは明らかに仙気でしかないのだが、仙気でこれだけの自然現象を起こせる力となると、それは一つしか知らない。


 仙術。傘井は先ほども自分が呟いた言葉を改めて噛み締めて、流れてくる水を見やった。


 確認された使用者が増えたと言っても、未だに数えることが簡単な人数しか扱えない力のはずだ。それを誰かも分からない目の前の若い男が、十分な威力を持った形で使用している。

 その事実は到底簡単には信じられないものだった。


 少なくとも、目の前にいる若い男の方が頼堂らいどう幸善ゆきよしよりも仙術を扱えているように見える。明確に人型と渡り合った経歴のある幸善よりも、目の前の男の方が強いとしたら、第一部隊の面々が対等に渡り合えるかは怪しくなってくる。

 その不安を傘井は覚えるが、その不安を覚えるだけの時間を男は与えてくれなかった。


「逃げるな」


 男が片手を上げると、それに連動するように、傘井達の周囲の水が膨れ上がった。どのような攻撃かは分からないが、攻撃が来ることは間違いない。その事実に思考を巡らす時間はないと傘井は悟った。


 ようやく刀を抜き、男に攻撃を仕掛けようと思った直後、傘井の背後に立っていた夜光が軽く駆けて、傘井の隣を通り過ぎた。


 その手の中には白く光る棒状の物体が握られていた。走った勢いのまま、夜光がそれを男に向かって投げつける。

 男は咄嗟に自分の周囲の水を持ち上げ、水の壁を自分の周囲に作り出し、その投げられた物体から身を守ろうとした。


 しかし、その物体は水の壁を貫通し、男の身体を掠めて地面に突き刺さった。


「貫通した…?」

「惜しい!」


 槍状に固めた仙気の投擲。それが夜光の仙技であることは傘井も既に聞いていた。実際にそれがどれほどの威力を持っているのか分からなかったが、見た目から予想できる以上の精度で、物体を貫通することは今の状況から分かった。


「何やってるの!?早く!」


 その状況を見守ってしまっていた傘井を急かすように夜光が叫んだ。夜光の戦い方は、普段の振る舞いから想像できないが、あくまで遠距離からのサポートを中心としたものだ。

 そこには近接で敵を相手取る人物が必要であり、それがこの部隊における傘井の役回りだった。


 そして、それはもう一人、漆野の役回りでもあった。


 傘井が夜光の叫びで我に返り、男に向かって飛び出した瞬間、漆野が持っていた刀を男に振りかぶった。男は咄嗟に片手を振るい、水で漆野の足や腕を掴む形で、その動きを止めている。


「邪魔…!」


 高く刀を掲げた状態で固定され、動けなくなった漆野が苛立ったような口調で呟いた。無理矢理四肢を動かそうとしているが、水の固定は強いらしく、少し身体を振れる程度で大きくは動けていない。


 その隙に男は動かさなかったもう片方の手を動かし、漆野の腹に向かって地面から水を伸ばした。それは拳のように重く、漆野の腹に減り込んだようで、漆野が小さく呻き声を漏らす。


 そのタイミングで傘井が男に斬りかかった。男の両手は漆野の拘束と攻撃のために振るわれ、咄嗟の対応ができなかったようだ。男は傘井の一撃から逃れるために跳躍し、水を操ることなく、傘井との間に距離を作る。


「なるほどね。限界がある感じだ」


 その動きに傘井が僅かな勝機を見た瞬間、男が面倒そうに頭を掻いて呟いた。


「疲れそうだ…」

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