豚は食べると美味しい(6)
蓋空
「それでは案内をお願いできますか?」
お互いの紹介を終えたところで、満木がそう切り出し、蓋空は首肯の後に幸善達の案内を開始した。山の中にある家の敷地は広いらしく、当該の妖怪がいる場所まで少し歩くことになるらしい。
「それで、その妖怪のことを詳しく聞いてないんですけど、どういう動物なんですか?」
歩き出した直後に幸善はそう聞いていた。妖怪の大まかな概要は既に満木から聞いていたが、問題の妖怪がどのような動物の姿をしているのか、その部分についてはまだ聞いていなかった。
民家で飼育されていた、という言葉から察するに、一般的に人間が飼育していてもおかしくない動物であることは分かるが、そういう動物は少なくとも数えられるくらいにはいる。その情報だけで特定することは難しい。
「まだ話していませんでしたか?」
振り返った満木が不思議そうに聞いてきたが、幸善は聞いた記憶がなかった。隣にいる皐月も頷いているので、話していないことは確定的なはずだ。
その様子を満木の隣で見ていた蓋空が振り返り、幸善達に教えるように言ってきた。
「豚ですよ」
「豚?」
そう聞いた幸善は自然と皐月に目を向けていた。ほんのついさっきまで食べていた豚串は既に手に持っていないが、未だ鞄の中で香ばしい匂いを醸し出しているかもしれないと想像する。
その視線に気づいた皐月も同じことを思ったのか、豚と説明した蓋空に向かって、信じられない質問を投げかけていた。
「美味しいですか?」
「え?」
「豚」
「さあ…それは…食べたことがないので」
これから、幸善達が逢いに行くのだから、それはそうだろうと幸善が思っていたら、蓋空の発言に皐月は信じられないものを見たように目を大きく見開いていた。
「豚を…食べたことない…?」
「あ、いえ、豚肉は食べたことありますよ」
それもそうだろうと幸善が思いながら、二人の掴みどころのない会話に割って入ることを諦めていた。これは下手に突っ込まずに、話が終わるタイミングを待つべきであると考えている間に、皐月は納得したようだ。二人の会話が唐突に終わり、その様子を少し窺ってから、幸善は聞いてみることにした。
「奇隠ができる前から発見されていたってことは、蓋空さんが生まれる前からその豚はいたんですか?」
「そうですね。私が生まれた時点では、今の大きさで名前もつけて、飼い豚になっていました。その前は家畜用の豚だったそうなんですけどね」
「他にも豚を飼ってるんですか?」
「昔はそうだったらしいですよ。百年くらい前に私の曽祖父が思いつきで豚を買ってきたとか」
思いつきで豚を購入という、スーパーマーケットでの買い物としか思えないノリで、豚の飼育を始めたという蓋空の曽祖父の話に、幸善はいつの時代にも回路の仕組みの違う人間はいるものなのかと感心していた。
「ただ五十年くらい前に飼っていた豚の一頭が妖怪だと分かったタイミングで、豚の飼育はやめたみたいです」
「その豚が今回の妖怪ですか」
幸善の呟きに頷く蓋空の姿を見ながら、幸善はさっき蓋空が話していたことが不意に気になった。
「そういえば、名前もつけてってことは、今その妖怪には名前がついているんですよね?何て名前ですか?」
「ハムカツです」
「………ん?」
幸善は耳の穴に指を突っ込み、しっかりとほじくることにした。どうにも調子が悪いのか、人の声がちゃんと聞けないらしい。
「失礼しました。もう一度、お願いできますか?」
「ハムカツです」
「…………え?」
聞き間違いではなかった。その事実に驚愕する幸善の隣で、その名前を聞いた皐月がぽつりと呟いた。
「トンカツの方が好きだなぁ…」
「そうするわけじゃないですよね!?」
必死になって確認する幸善に戸惑いながら、蓋空は「当たり前です」と答えていた。これから逢うハムカツの将来がハムカツだとしたら、幸善はどのような表情でハムカツと逢ったらいいのか分からなくなるところだった。
「つきましたよ。そこが豚舎です」
幸善が安堵した直後、到着した建物を指差して、蓋空がそう言ってきた。どうやら、そこにいる建物の中で昔は豚を飼っていたらしい。今はそこにいるのがハムカツだけになっているらしく、豚舎の扉には大きくハムカツと書いてあった。その文字を見た途端に皐月が呟く。
「お腹が空いてきたかも」
「さっきあれだけ食べてたのに?」
皐月の食欲に異常さを感じながらも、幸善は早速ハムカツと逢うために豚舎の中に入ることにした。蓋空を先頭に豚舎の中に踏み込み、そこにいるはずのハムカツを探そうとする。
だが、そこでハムカツを探すよりも先に、幸善達は軽トラック二台分はありそうな、大きな塊に目を奪われることになった。
「何だ、あれ?」
思わず呟いた幸善の隣で、蓋空がその塊に手を伸ばして言ってきた。
「あれがハムカツです」
「え…?」
想像の中のハムカツの数倍の大きさをした現実のハムカツに、幸善は完全に言葉を失っていた。
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