豚は食べると美味しい(5)

「豚串…美味しそうですね」


 皐月を見た満木の第一声がそれだった。皐月がいる理由とか、豚串を食べている理由とか、他に気になるポイントは山ほどあると思うのだが、それら一切はないことにして、豚串の味に興味を示したようだ。


「あげない」


 貰ったお菓子を隠す子供のように、皐月は豚串の収まった鞄を強く抱きかかえた。豚串から溢れた肉汁が鞄の中を汚していそうだが、それくらいの想像も皐月はする気がないらしい。もしくはそこまで完璧な収納をしているのだろうかと幸善は考える。


「皐月さんも一緒に行きたいそうなんですが、大丈夫ですか?」


 事前に確認の連絡を取ることも考えたが、幸善が満木に連絡しようとしても、皐月は一切待ってくれる気配がなく、次々に歩いていってしまうので、結果的に連絡できないままに到着してしまった状態だった。


「全然構いませんよ」


 事前確認の一切なかったことに、満木が怒り出したとしても幸善は何も言い返せなかったのだが、満木は怒る気配を一切見せることなく、笑顔で了承してくれた。仕舞いには「人数が多い方が楽しいですしね」と言い出す次第だ。優しいという形容だけでは足りないほどに満木は優しい。半目で見たら聖母に見間違うくらいだ。


「それで妖怪絡みの用事なんですよね?」


 改めて呼び出された理由を確認してみると、満木はすぐに首肯した。その連絡が来た段階から、幸善は一つだけ疑問に思っていることがあった。


「妖怪絡みなら、普通に奇隠の仕事とかじゃないんですか?事前に報告しておいた方がいいとかありませんか?」

「妖怪絡みと言っても、これを仕事として包括はしてくれないと思いますよ。これはあくまでレアケースなので」

「レアケース?」

「チーズケーキとかに使われる?」

「それはレアチーズ」


 思いつき百パーセントの皐月の呟きに冷静なツッコミを入れたところ、反応したように小さな満木の笑いが起きた。今の完成度で少しだけとはいえ、笑いが起きたのなら御の字と言えるだろうと思いながら、幸善は関係のないことを脇に置いて、本題部分を改めて聞くことにする。


「レアケースってどういう意味ですか?」

「奇隠のメインの仕事である妖怪の把握や監視部分に関して言うと、今から訪ねる妖怪はかなり前に済んでいるんですよ」

「つまり、奇隠が把握している妖怪にこれから逢いに行くと?どうして?」

「それが頼堂さんをお呼びした理由のところになります」


 奇隠が把握した上で放置しているということは、そこに一切の問題がないということだ。幸善の耳を活用するとしたら、妖怪と分かり合えない時であり、その時には奇隠による調査が済んでいないという扱いになるはずだ。そこに存在する矛盾に幸善は自らの役割を想像できなかった。

 自然と首を傾げた幸善の隣で、皐月が何本目かの豚串の串をビニール袋に仕舞っていた。


「今から訪ねる妖怪は奇隠が設立される以前から、幾人もの仙人が存在を把握していた妖怪です。そもそも、妖怪として発見された経緯なのですが、民家で飼育されていたところ、ある日突然、したそうです」

「巨大化?妖術ですか?」

「妖気の変化から恐らくそうだと思います。ただ身体が大きくなっただけで、それ以外に特に行動を起こす気配はなく、危険性もないと奇隠に判断され、今でもその民家で飼育されているそうなのですが、そもそも、どうして妖術を使ってまで巨大化したのか、その部分が未だに分かっていないんです」

「なるほど。その理由を俺に聞き出して欲しいんですね」


 幸善が納得しながら言った言葉に満木は頷いていた。民家で飼育されている巨大化した妖怪の巨大化の謎に迫る。妖怪の声を聞ける幸善に最適な話であり、すぐに解決できそうな問題だと思った。


「その妖怪を飼育している家にもうすぐ到着します」


 そう言いながら、満木の案内で山道に入って二分ほど歩いたところに、問題の民家はあった。山道から直結する形で門に繋がっており、その門には『蓋空ふたぞら』という苗字が書かれていた。


「ちょっと待ってくださいね。家の人をお呼びしないと」


 門に備えつけられたインターフォンを押し、満木は家の人に話しかけている様子だった。事前に幸善達が来ることは伝えられていたようで、相手も戸惑う様子がなく、満木と受け答えした後に、門の少し奥に見える家屋の玄関が開いた。

 そこから満木と同年代くらいに見える女性が姿を現した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る