豚は食べると美味しい(4)

 放課後を迎えた幸善が高校を去り、満木の指定した待ち合わせ場所に向かっている最中だった。前方から団子と思われる串に刺さった何かを食べながら、こちらに向かって歩いてくる女子高生がいた。


 歩き食いをしている女子高生自体は見たことがあるが、近くに団子屋があるわけでもないのに、ここで団子を食べているのは珍しいと思いながら、幸善がこちらに近づいてくる女子高生を見ていると、その女子高生の姿に見覚えがあることに気づいた。


 あれは誰だったかと思いながら、じっと見ている幸善の視線に気づいたらしく、向こうが幸善を見てきたことで、幸善はそれが皐月さつき凛子りんこであることに気づく。


「あっ、皐月さん」

「あ、ハロー」


 道路を歩いてきた皐月が幸善の前まで移動してきて、無表情のまま片手を上げて挨拶してきた。そこになってようやく気づいたのだが、皐月がさっきから歩きながら食べていた物は団子ではなかった。目の前に来たら、嫌でも漂ってくる香りが明らかに団子の物ではない。


「えっと…焼き鳥?」

「ううん。豚串」


 そう言って、皐月が半分ばかりは食べられた豚串を幸善に見せてきた。近くのコンビニで買ってきたらしい。


「何で豚串?」

「豚好きだから。美味しいよね、豚」


 皐月が串に残っていた豚肉を腹の中に収めて、串を手元のビニール袋に仕舞っていた。良く見てみたら、そこには数本の串が入っており、今の一本だけではなかったことを幸善は知る。


 豚串を歩き食いする女子高生は珍しいと幸善が思っていると、皐月が串を仕舞ったビニール袋を鞄の中に仕舞い、鞄の中から新たな豚串を取り出しながら、歩いてきた道路を見回していた。


「何その鞄。豚串製造機?」

「まだ二本ある。いる?」

「いや、いい」

「うん。まあ、あげないけど」


 なら、どうして聞いたと思ったが、それ以上に鞄から豚串が出てきたことが幸善は気になって仕方がなかった。中で何か袋の中に入れているとは思うのだが、それを平然と鞄の中に仕舞える精神力が幸善にはなかった。


 冷静に考えてみると、鞄の中が豚の匂いで一杯に包まれ、今後鞄を開ける度に腹の音を鳴らすことになりそうだが、それも辞さない覚悟なのだろう。これは相当な覚悟だと幸善は素直に感心した。


「帰宅ルート?」


 周囲を見回していた皐月が豚串を咥えながら、幸善達の歩いている道路を舐めるように指差した。「普段、見ないけど」と付け加えた皐月の言葉から考えるに、ここは皐月の帰宅ルートのようだ。そこで幸善と一度も逢ったことないので疑問に思ったらしい。


「帰宅ルートじゃないな。実はちょっと約束があって」

「約束?仕事?」

「いや、そんな感じじゃないんだけど」


 幸善は満木と連絡先を交換し、その満木から連絡があったことを皐月に教えた。どうやら、妖怪絡みで幸善の耳を借りたいようだと幸善が言うと、皐月は納得したように手を叩いていた。


「耳目当ての付き合い」

「その言い方は何らかの語弊が発生する可能性があるからやめて」


 知らない人が聞いたら危ない話と誤解されそうな会話を回避し、そろそろ皐月と別れて、満木との待ち合わせ場所に向かおうと幸善が思い始めた頃になって、皐月は豚串を食べる手を止めてまで考え込み始めているようだった。


「私も一緒に行こうかな…」

「え?一緒にって、満木さんのところ?」


 聞き返した幸善に皐月は頷きで答えてきた。その突然の提案に幸善は素直に驚きを見せる。


「え?いや、でも、大丈夫なの?仕事とか」

「大丈夫。最近、暇だから。だから、豚串パーティー」

「パーティーだったんだ…」


 豚串をひたすらに貪ることをパーティーと呼ぶのかどうかの定義は一旦保留にしておくとして、皐月が同行してもいいのかどうかを幸善は考えていた。


 満木が幸善に何を頼もうと思っているのか分からないが、少なくともデートの約束ではないことは明白だ。妖怪絡みの話であるからには、その人物が妖怪を把握している人物なら、そこにいても問題はないだろう。


「まあ、暇なら一緒に行っても問題ないのかな?」

「ラッキー」


 感情不明の無表情のまま、豚串を一気に食べ終えた皐月がそう呟いた。


 こうして豚串パーティー中の皐月が、幸善のパーティーに加わることになった。

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