豚は食べると美味しい(3)
牛梁からの指摘を受け、冷静に最近の自分を考えたことで、幸善は一つの悩みに襲われることになった。翌日になっても悩みは解消されることなく、幸善の頭を悩ませ続けており、登校直後から幸善は自分の席に座ったまま、考え込むように俯いていた。
その姿に気づき、
そこで幸善は牛梁からの指摘にもあったことを相談してみることにした。
「もしかしたら、病気かもしれない」
「ええ!?」
その幸善の告白に東雲は想像以上に驚いていた。満木に連絡先を教えてくれないかと言われた時の幸善と同じ驚き具合だ。
「どこの?大丈夫?病院には行った?」
「いや、そういう感じじゃなくて。もっと精神的っていうか」
「何か悩みがあるの?ちゃんと聞くよ?」
「うん。今、聞いてもらってるから落ちついて」
我妻にも協力を求めて、少し興奮した様子の東雲を落ちつかせてから、幸善は何があったのかの説明を始めた。
「つまり、アルバイトが少し暇になったら大丈夫なのかと不安になったってことか?」
「まあ、そういうことだな」
幸善の説明を受けて、東雲は心底ほっとしたように溜め息を吐いていた。その隣で我妻は意外にも幸善の悩みを真剣に考えてくれているようで、顎に手を当てながら少し俯いている。
「でも、確かに忙しかったところから、急に暇になると店は大丈夫なのかと不安になるかもしれないな」
「あれ?でも、幸善君のバイトって動物絡みなんじゃなかったっけ?」
「ああ、うん」
「なら、いろいろと落ちついたら、手が空くことくらい普通にあるんじゃないの?」
純粋な東雲の疑問に幸善は口籠った。どうしても奇隠のことを説明できない以上、何を不安に覚えたのか正確に伝えることができない。今も東雲の疑問は全うであり、何とか答えたいと思うのだが、幸善にはその疑問に答える折衷案も導き出せそうにない。
「それは単純に休み慣れていないことが原因だね」
幸善が東雲の疑問にどのように返答しようか悩んでいると、そこに割って入るように
「休み慣れてないって?」
「もっとちゃんと休むべきなんだよ。それができてないから、たまの休みで不安になるんだよ」
「それは分かる。俺も部活でそうだ」
幸善の悩みという共通項の上では、我妻と久世が分かり合うという珍しい様子も成立するようだ。久世の言い分に納得したように我妻が頷き、その隣では東雲が別のインスピレーションを沸かせたようだった。
「それなら、今日はどこかに遊びに行く?」
「おお、いいね。そうしよう」
東雲と久世は盛り上がり、今日の放課後の予定が強制的に決定しそうになっていたが、そこに水を差すように我妻が口を開いた。
「悪いが、俺は部活がある」
「あ、そうなんだ」
「それなら、三人で行こうか」
そう言った直後に久世のスマホに着信があり、久世は断りを入れてからスマホを取り出していた。偶然にもそれと同じタイミングで、幸善もスマホが震えた感覚に襲われ、取り出してみると通知が画面に映し出されていた。
それは昨日、幸善が連絡しようとした冲方ではなく、意外にも連絡先を交換したばかりの満木だった。
『今日はお暇ですか?頼堂さんに一緒に行って欲しい場所があるので、お暇でしたらお願いしたいです』
その文面に幸善はいつかの水月からの誘いのように一瞬、デートの誘いかと思いかけたが、満木と連絡先を交換した時のことを思い返すと、そうではないとすぐに想像できた。
『妖怪絡みの話ですか?』
そのように返答してみると、スマホに張りついていたのかと思うほどの速度で、『そうです』と返信が返ってくる。
ちょうど東雲や久世と放課後の約束をしようとしていた場面であり、そちらを断って満木の頼みを聞くことはできるが、先に話が出た以上は断りづらいと思っていると、東雲が幸善の表情に気づいたらしく、声をかけてきた。
「何かあった?」
「ああ…まあ…」
どうしようかと悩みながら幸善が曖昧に答えた直後、スマホを弄っていた久世が東雲に申し訳なさそうに声をかけていた。
「ごめん、東雲さん。ちょっと急用ができてしまったよ」
「え?そうなの?」
「ごめんね」
「ううん。それは仕方ないよ」
東雲にひたすら謝罪する久世を見ながら、幸善は久世も行けなくなるのなら、今日である必要性は薄くなったかと考えていた。別の日に予定を変えて、我妻も含めた四人で行けるようになった方がいいはずだ。
「東雲。悪いが俺も少し予定が入った」
「幸善君も?」
「ああ、だから、遊びに行くのはまた別の日にしよう」
「うん。そうだね。その方がいいね」
東雲に謝罪しながら、幸善は満木に同行できることを伝えていた。その姿をじっと見ていた東雲が不意に聞いてくる。
「予定ってバイト?」
「まあ、そんなところだ。満木さんってバイト先の人から頼みごとをされた」
「へぇー、そうなんだ。満木さんって女の人?」
「ああ、うん」
そう答えながら、満木に連絡し終えた幸善は顔を上げ、自分の顔をじっと見ている東雲の存在に気づいた。その視線が普段の東雲の視線と大きく違い、何を考えているか分からなかった幸善は首を傾げながら、「どうしたの?」と聞いていた。
「ううん。何でもない」
「そ、そうなのか?」
何でもないと言いながら、東雲はどこか暗い顔をしているように見え、幸善はあまり納得できなかったが、特に追及することもなかった。
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