豚は食べると美味しい(7)
巨大化した豚と判明した段階で、幸善の頭の中にハムカツの想像図は浮かんでいたのだが、それは豚よりも大きいくらいのサイズ感だった。百七十くらいの人間が二メートル半くらいになる印象だった。
しかし、実際は百七十の人が十メートルオーバーになるくらいの巨大化だった。幸善の想像を遥かに超える巨大化に幸善は絶句し、皐月は豚串を取り出そうとしていた。それを満木が必死に制止し、幸善はそれに一切触れることなく驚いている。
豚舎の半分以上を埋めつくし、横になったまま動く気配のないハムカツを見上げながら、幸善は冷静さを取り戻そうと努めていた。その上でまずは探さなければいけないと思い、ハムカツの身体を隅々までチェックする。
ただ、幸善がどれだけ探してみても、そこに探し物は見つかりそうになかった。おかしいと思った幸善が振り返り、ハムカツを指差しながら蓋空に質問する。
「顔ってありますか?」
「もちろん、ありますよ」
「どういう質問?」
満木の必死の制止を受け、豚串を取り出すことを諦めた皐月にツッコまれ、幸善は苦々しさを噛み締めた。流石に自分でも馬鹿っぽいことを聞いたとは思ったが、皐月にツッコまれるのは少し違うと思った。
「こっちに来てください」
ハムカツの顔を発見できない幸善を案内してくれるらしく、蓋空が幸善を呼びながら、ハムカツの方に歩き出した。寝返りに巻き込まれるだけで踏み潰され、即死しそうな大きさをしたハムカツだが、あまりに大き過ぎて寝返りも打てないようだ。近づいてみると、その重量感が伝わってきて、これを動かすことが人類にできるのかと思うほどだった。
豚舎の端に蓋空が近づき、そこを見るように幸善に指示してきた。そこで幸善はハムカツの小さな目を見つけることになった。瞼に必要以上の肉が乗り、既に目は半分以上開かないようだ。
口はそこから更に奥に見え、幸善はそこでさっきまで自分達がハムカツの背を見ていたことに気づいた。確かに言われてみると、ハムカツの豚足は一本も見えていなかった。
きっともう片方の端を見に行ったら、壁と肉の間で挟まれる尻尾があるのだろうと幸善は想像する。
「お願いします」
幸善が連れてこられた理由も知っている蓋空が、幸善に頭を下げてきた。それを見た幸善が頷き、ハムカツの耳と思われる場所に届けることを意識しながら、ハムカツに声をかけてみる。
「ハムカツ~。聞こえるか~?」
豚にハムカツという言葉を投げかける背徳感に襲われながら、幸善はハムカツの反応を待っていた。
しかし、ハムカツは幸善の声が聞こえていないように全く反応することがない。
もしかしたら、耳の穴も肉に潰され、周囲の音が聞こえていないのではないかと、幸善は不意に不安になった。それなら、幸善がここに来た意味がなくなる。
「これって、聞こえていないとかないですよね?」
「餌の時間に私達が声をかけたら反応するので、流石に聞こえていないはないと思いますよ」
「ですか…」
聞こえているのなら、少しくらいは反応しろよと思いながら、幸善は再度ハムカツに声をかけてみることにした。
「ハムカツ?聞きたいことがあるんだけどさ。何で、その大きさになったんだ?答えてくれないか?俺は多分、お前が言いたいことも分かると思うからさ」
その声は確かにハムカツに届いているようで、幸善が話しかけた瞬間、ハムカツの目が幸善に向いた。その様子から幸善は反応に期待したが、ハムカツは一向に口を開いてくれなかった。
「普段は鳴きますか?」
あまりに喋らないことから幸善はもしかしたら、ハムカツの声帯が潰れているのではないかという新たな疑惑を懐いていた。
その質問に蓋空は思い出すように考えているが、なかなかに思い出してくれない。
「そう言われると、普段から鳴いていないような…鳴いているような…?」
「どっちなんですか…?」
曖昧な蓋空の情報に幸善は言葉を失う。蓋空はしっかりと思い出せないようで、幸善の追及に苦笑することしかできていなかった。
仕方ないから、ハムカツの反応があるまで声をかけてみるかと思った幸善が、再びハムカツに質問してみようと思った瞬間、さっきまで遠くから幸善達を眺めていたはずの皐月が、幸善の隣まで移動してきていることに気づいた。
「皐月さん…?」
「任せて」
そう言いながら、皐月が鞄の中に手を突っ込み、不意に一本の豚串を取り出して、ハムカツの前に突き出した。
「どん!」
「え…?何してるの…?」
「話さないとこうなるっていう脅し」
「いや、通用しないって…」
実際、ハムカツは皐月の脅しの前でも一切態度を変えることなく、その後の幸善の質問も答えてくれることがなかった。
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