豚は食べると美味しい(1)

 葉様はざま涼介りょうすけの発作が原因であるからして、葉様自体は自業自得で片づくことだが、巻き込まれた水月みなづき悠花ゆうかは可哀相でしかない。


 せめて、その処遇くらいは寛大なものであってほしいと考え、そのために自分のできることは何かと思った時に、一緒に頼むことだと思いついた頼堂らいどう幸善ゆきよしは、フクロウカフェ『ミミズク』を訪れた翌日、今度はQ支部を訪れていた。

 秋奈あきな莉絵りえに頼みに行くと思われる水月や葉様に同行するため、幸善は秋奈の病室をこっそりと訪れる。


 しかし、そこには秋奈の姿が既になく、いつのまにか秋奈が退院していたことを今になって幸善は知ることになった。それは秋奈が無事に回復したという証拠であり、幸善は嬉しく思いながら、秋奈が戻ったという秋奈の部屋に向かうことにする。


 そこで幸善の予定では秋奈に水月や葉様が条件の変更を頼み込んでいる場面と遭遇するはずだったのだが、何故かそこにいたのは秋奈達ではなく、満木まき夏梨かりんだった。


「あれ?満木さん?」


 幸善の呼びかけに見慣れた白い猫を抱きかかえた満木が振り返った。幸善の姿に気づき、何てことはないように欠伸をする猫は、その態度から間違いなく、グラミーであると幸善は理解する。


「ここで何をしているんですか?」


 幸善の問いに満木は抱きかかえていたグラミーを持ち上げ、幸善に見せつけるように突き出してきた。自慢する子供のような素振りだが、グラミーの飼い主は秋奈であることを幸善は知っている。

 そう思ってから、何となく満木がいる理由を理解した。


「グラミーちゃんを連れてきたんですよ」

「ああ、やっぱり」


 想像した通りの理由だったことに納得しながら、幸善はグラミーを見た。グラミーもようやく秋奈のところに戻れるのかと思ったが、グラミーの表情は浮かないものだ。それが照れ隠しなのか、本心なのか分からないが、逃げ出さないところを見るに心の底から悪いとは思っていないはずだ。


「だけど、秋奈さんが今から水月さん達の特訓に付き合うとかで、もうしばらくだけ預かって欲しいって言われたんですよ。後で引き取りに行くからって」

「え?そうなんですか?」


 どうやら、幸善の知らないところで話がまとまり、水月や葉様の特訓に許可が下りていたそうだ。何があったのか良く分からないが、幸善の取り越し苦労だったらしい。


 それだったら、自分がここにいる理由もないかと思い、幸善が帰ろうかと考え始めた時になって、満木が自分をじっと見ていることに気づいた。子供の無邪気さも感じられる憧憬の目に、幸善は対応よりも以前の反応に困ってしまった。


「何ですか?」

「頼堂さんの連絡先を聞いてもいいですか?」

「ええ!?」


 それ以前の流れから想定し得なかった満木の発言に、幸善はQ支部中に響き渡ったのではないかと杞憂するほどの大声を上げていた。満木の腕の中で落ちついていたグラミーも、幸善のその大声に耳を立て、目を丸くして驚いている。


「そんなに驚きますか?」

「あまりに急だったので…」


 驚きから跳ね上がった心拍数を落ちつかせるように深呼吸を繰り返し、幸善は自分の顔を指差しながら満木に聞いていた。


「俺と?どうしてですか?」


 まさか、全くこれまでにフラグは立っていなかったが、唐突な愛の告白があるのかと幸善はほんの少しだけだが期待した。もちろん、ここまでの流れを考えると、その答えに行きつく可能性はないに等しい。いや、ない。

 だが、ほんの少しの期待くらいはしても問題ないはずだ。それくらいは許して欲しいと、誰に言っているのか分からない言い訳を心の中で繰り返す。


 その間にも、満木は笑顔で幸善の顔を見上げてきた。その笑顔を見た瞬間に幸善は理解する。

 これは愛の告白じゃないわ。


「それはもちろん、頼堂さんの耳に興味があるからですよ」

「ですよね~」


 満木の腕の中からグラミーが冷めた目で幸善を見ている気がしたが、幸善は一切目を合わせようとしなかった。確認しない限りは、どれだけグラミーの視線を感じたとしても、グラミーの冷めた目の存在が確定することはない。シュレディンガーのグラミーだ。


「今度、時間が合ったら、妖怪の通訳をお願いしたいんですよ。私も話したいので」


 なるほど、さっきの無邪気さも感じる目の正体はこれかと納得しながら、幸善はスマホを取り出していた。


「分かりました。いいですよ」

「ありがとうございます」


 こうして幸善は満木の連絡先を手に入れた。

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