梟は無駄に鳴かない(19)
あれだけ堂々と自分の考えを宣言しておきながら、そこに存在した問題に葉様が気づいたのは、立て替えてもらうことになってしまった代金を幸善に渡した直後のようだった。そこで水月が葉様の行動によって生まれてしまった問題を口にし、そこでようやく葉様は気づいたらしい。
「だけど、これで仲後さんに刀を作ってもらえなくなったね。どうする?」
「あ」
最後にそれだけの声を漏らし、葉様は壊れたように動かなくなった。水月が何度か顔の前で手を振ってみるが、葉様の瞳は一切揺らめきを見せない。
「あの秋奈さんが認めてくれるか分からないけど、何が起きたか説明して、条件を変えてもらえるようにお願いするしかなさそうだね」
壊れてしまった葉様に苦笑しながら、幸善はそのアドバイスをくれた。水月もあの秋奈が簡単に条件を変えてくれるとは思えなかったが、今の状況から再び仲後に頼むことは難しい。それしかないと諦めて、後日秋奈に頼むことに決めて、その日は家に帰ることにした。流石に葉様が壊れている状態で、その日の内に秋奈のところに行くことはできなかった。
翌日の放課後になって、水月はQ支部で葉様と合流し、秋奈に事情を説明するために秋奈の病室を訪れようとする。
「説明したら聞くのか?」
「それは分からないけど、それしかないからしょうがないよ」
そう言いながら、病室に踏み込む前に立ち止まった水月が葉様の顔を見る。特別、負の感情が乗っているわけではないが、笑顔でもない水月の表情に、葉様は困惑の色を隠せていない。何をジロジロ見ていると言い出しそうな顔だと水月は思ったが、それを言い出される前に、何とか頭の中でまとめていた言葉をまとめることに成功していた。
「中に入ったら、説明は私に任せてね」
「いや、だが、これは俺が原因だし…」
「私に任せてね」
ハッキリと言い出したら葉様は反発すると分かっていたので、できるだけ穏やかな言葉を選んでいたが、要するに水月は葉様に「黙れ」と言っていた。それを察したのか、別の部分で察したのか、自分に任せるように言いながら、水月が浮かべた笑顔を見て、葉様は引き攣った表情をしていた。
「分かった」
それだけ小さな声で呟き、水月が納得できたところで、二人は病室の中に入っていく。「こんにちは」と声をかけながら、この前まで秋奈が寝転んでいたベッドを覗き込んでみるが、そこには秋奈の姿がなかった。
「あれ?秋奈さん?」
そう呟いた水月の声に葉様も気づいたらしく、他のベッドを確認してから、水月に向かってかぶりを振っている。
どういうことだと思い、事情を知っていそうな仙人に話を聞いてみると、どうやら秋奈は既に病室を出て、自室に戻っているそうだ。それを知った二人がすぐに秋奈の部屋を覗いてみると、病室に置いていた荷物を運び込む瞬間の秋奈をすぐに見つけることができた。
「秋奈さん。もう退院されてたんですね」
「ああ、うん。この前、言わなかったっけ?」
そう言われてみると言われた気もしてくるが、水月も葉様も頭の中には『失敗』の二文字しかなかったので、正直この前の秋奈の発言は一ミリも覚えていない。
「それで、あの条件のことなんですけど…」
「ああ、その話ね。ちょっと待ってて。せっかく二人が来てくれたんだし、これを運び終えたら、始めようか」
葉様が仲後に啖呵を切ったことで、刀を作ってもらえなくなりました。申し訳ありませんが、条件を変えてもらうことは可能ですか、と水月が言い出すよりも先に秋奈が話を進めたことに、水月も葉様も目を丸くしていた。秋奈が何を言い出したのか理解できず、二人は揃って首を傾げることになる。
「始めるって何を?」
「え?もちろん、頼まれていた特訓だよ。二人共、条件を達成したみたいだからね」
「へ?」
水月の口から間抜けな声が漏れ、秋奈も二人と同じように首を傾げていた。水月と葉様は何が何だか分からないが、それは秋奈も同じことのようだ。
「え?二人共、仲後さんに頼みに行ったんだよね?昨日連絡が来たよ。二人の刀を作ることにしたって」
「え?」
「本当か?」
葉様の問いに頷いた秋奈を見て、水月と葉様は首をフクロウのように動かし、顔を見合っていた。良く分からないが、仲後が刀を作ってくれる気になったらしい。その実感と共に二人の表情が和らぐ様子を見て、水月が笑顔で荷物を手に持った。
「じゃあ、急いで運ぶから二人も手伝って」
「ふざけるな」
「やっぱり、やめようかな。教えるの」
これで水月と葉様はめでたく、秋奈の教えを受けることに決まり、その代償に秋奈の前では人権を失うことになった。
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