憧れから恋人に世界が変わる(13)

「あ~、楽しかったね」


 笑顔で感想を口に出した東雲に、幸善達は言葉が出てこなかった。確かに東雲は楽しかったかもしれないが、幸善達はそれどころではなかったし、久世は幸善や我妻よりも疲弊したはずだ。


 何とかティータイムに持ち込むことで、東雲が久世の部屋に行くことを阻止したものの、それは一時的な効力しかなかった。お茶がなくなると、東雲は再び動き出したし、再びお茶で止められるほど、お茶は万能ではなかった。


「まあ、そう急がずにもう一杯飲んで」

「いや、お腹ちゃぽちゃぽになっちゃうから」

「ちゃぽちゃぽになろ?」

「どういう誘い?」


 もちろん、幸善の意味の分からない誘いに東雲が乗るわけがない。久世から聞き出した久世の部屋に東雲は向かってしまい、そこから幸善達三人と東雲の攻防が本格的に始まることになった。


 その攻防の詳細は久世の名誉に関わることなので言及を避けるが、明らかに盗撮と思われる東雲の写真を先に発見した幸善と我妻は、ちゃんと久世の行動に引いたことだけ報告しておく。


 その部屋での時間は数分だったと思うのだが、幸善達三人のゼロに近づいていた体力を完全にゼロにするくらいに、三人が疲弊したことは確かだった。

 東雲が元気に帰ろうとする間も、幸善と我妻は玄関に座り込んで動けない。


「今日はありがとうね。ごめんね、急に来ちゃって」


 靴を履きながら、一応の謝罪をしてくる東雲に、久世は疲れ切った笑顔を向ける。


「全然大丈夫だよ…」


 力なくそう言っているが、実際のところは大丈夫と思っていないはずだ。内心は二度と来て欲しくないと思っているに違いないし、二度と呼ばないで貰いたいと、幸善や我妻も思っていた。久世が悪いのではないと思いたいところだが、久世が悪いとしか思えないものをたくさん見てしまったので、それも仕方ない。


「じゃあね。お邪魔しました」


 そう言いながら、先に東雲が家を出た。それを見送ってから、久世が小さく零すように呟く。


「二人共、今日はありがとうね。何かごめんね」

「いや、いろいろと見たから、心からは難しいが、謝るのはこっちの方だ。悪かったな」

「そうだな。警察に通報する可能性もあるが、今日の東雲の無茶はすまなかった」

「どちらもいらない発言がくっついてるよね?」


 久世の家で見たものについて、ここで見逃すべきなのかどうかは、再び考える必要があるとして、今はそれを話す機会ではなかった。


「だけど、東雲さんがあそこまで好奇心旺盛だとは」


 苦笑しながら呟いた久世に、幸善と我妻はかぶりを振った。


「それだけ気に入られていることだと思え」

「少なくとも、東雲は久世のことを友達だと思い、もっと知りたいと思われているということだ」

「それは…素直に喜んだ方が良さそうだね」


 幸善達の顔色を軽く窺ってから、久世は微笑みながら、そう言った。その言葉に黙る我妻を見て、幸善は困ったように頭を掻くことしかできない。


「それよりも、俺はあの状況で俺達を招き入れたお前が意外だったよ。久世は踏み込まれるのが嫌いなのかと思った」

「家にくらい招くよ」

「何で?」

「だって、僕達は友達じゃないか」


 笑顔で久世の放った決め台詞風の言葉に、幸善と我妻は真顔を決め切った。その表情に久世の笑顔は見る見るうちに変わり、何とも言えない顔で二人を見てくる。


「いや、そこは同意してよ」

「前向きに検討します」

「それ、断るつもりだよね?」

「参考にさせていただきます」

「何の?僕との付き合い?」


 三人が玄関で話し続けていると、玄関の向こう側から、ゆっくりとこちらを覗き込む顔があることに気づいた。三人が顔を向けてみると、三人を不満そうに見つめる東雲と目が合う。


「何で、三人だけで話してるの?嫌らしい話?」

「久世の嫌らしい話で間違いないから否定できない」

「え?ちょっと?」

「久世は嫌らしいという話だから否定できない」

「あれ?二人共?」


 東雲に冷めた目を向けられ、顔を真っ青にしながら苦々しい顔をする久世の姿に、幸善と我妻は何とも言えないが満足した気持ちになり、取り敢えず、今日のところは通報しないでおこうという気持ちになった。

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