憧れから恋人に世界が変わる(12)

 久世の家は一軒家だった。家自体は借家のようで、両親共働きらしく、今は家に誰もいないらしい。そのために確認が必要だったようなのだが、その家を前にした段階から、東雲のテンションは上がっていた。


 どうして、ここまでテンションが高いのだろうかと久世は不思議そうにしているが、それは別に不思議なことでも何でもない。

 新しい玩具が手に入った時、子供のテンションが上がる。あれと同じことだ。


 久世の案内で幸善達は家の中に入っていった。家の中は思っていたよりも散らかっている様子だった。片づけされていないというよりは、片づけられていない印象だ。洗い場に溜まった食器は片づける暇もなく、そこに置いていかれた様子で、汚れ自体は新しく見えた。

 床に散らかった服の一部は脱ぎっ放しの服に見えたが、全てがそういうわけではなく、中には綺麗に畳まれた跡のついた服も、いくつか落ちていた。畳んだはいいが、仕舞うだけの時間がなく、そこにそのまま置かれていた結果、崩れてしまったというような形である。


 普段のプライベートが不透明な久世の印象とは対照的に、かなり生活感に満ち溢れた部屋の様子に、幸善と我妻は驚いていた。東雲は興味深そうに部屋の中を見渡しているが、まだ獲物を見つけた時の鋭さは見えない。


「適当に座ってよ」


 そう言いながら、久世が幸善達を通した場所は自分の部屋ではなく、明らかにリビングだった。部屋の中央に置かれたテーブルを囲うように、久世が服の向こう側から引っ張り出してきた座布団を置いていく。


「あれ?久世君の部屋は?」


 不思議そうに呟いた東雲に乗っかる形で、幸善と我妻も頷いた。


「どうして、久世の部屋に行かないんだ?」

「いや、それは…ねえ?」


 言いづらそうに幸善達を見ながら呟いた言葉で、幸善と我妻は察することができた。一人だけ分かっていない様子の東雲を見ながら、二人は小さく咳払いをする。


「まあ、そうだな…急に部屋に行くのもな」

「やはり、順番があるしな」

「え?何?順番とか聞いたことないんだけど?」

「そうなのか?なら、覚えておいた方がいいぞ。最初は始まりの村付近でレベル上げだ」

「え?そんなRPGみたいな順番があるの?」


 全くうまくはなかったが、東雲の追及は適度に躱すことができたようだ。東雲は深く聞いてこなかった。もしかしたら、何となく察したのかもしれないが、恐らく、察した内容自体は間違いだと思うので、久世を不憫に思うことしかできない。その場合は、絶対に久世が思っていて欲しくない勘違いをしているのだが、その誤解を解く方法を知らないし、解く必要性も感じない。ある意味、自業自得だ。


「ちょっと待っててね。何か飲み物を入れてくるから」


 久世が立ち上がり、キッチンの方に姿を消していく。それを見送ってから、ついに自分の時間が来たと言わんばかりに、東雲がゆっくりと立ち上がった。


「おい、東雲。何をする気だ?」

「決まってるよね?」

「トイレか?」

「口縫ってもいい?」


 東雲の恐ろしい一言に、幸善は慌てて口を手で塞いだ。口を縫われてしまったら、これから、鼻から食事を取らないといけなくなる。そのために歯と舌を鼻に移籍させる必要が出てくるので、ここは移籍金の問題から、是非とも避けたいところだ。


 幸善がそのように馬鹿なことを考えている間に、さっさと東雲は動き出していた。久世の家のリビングの片隅を漁り始め、我妻がそれを止めるために慌てて立ち上がっている。

 そこに久世がちょうど戻ってきた。久世は部屋の物色を始めた東雲の存在に気づき、慌てて持ってきた飲み物をテーブルの上に置いている。


「え!?ちょっと東雲さん!?」

「大丈夫。大丈夫だよ、久世君」

「いや、大丈夫って言う人ほど大丈夫じゃないって、僕は知ってるからね」

「あ、これ何?久世君が描いたの?」

「東雲さん?聞いて?」


 注意する久世の言葉を無視して、東雲が一枚の絵を掴んでいた。その絵を見た東雲と我妻が固まり、ゆっくりとした動きで久世を見ている。


「久世君って…結構、独特な絵を描くんだね…?」

「いや、それは…子供の頃の絵だからね!?」

「別に恥じることはないぞ?」

「いや、嘘じゃないから!」


 東雲だけでなく、我妻にまで揶揄われるように言われ、久世は顔を真っ赤にしながら、何とか頑張っていた。久世の用意してくれたお茶を飲みながら、幸善はその様子を見物する。


 さっきの流れ的に、問題の東雲コレクションは久世の部屋にあるはずだから、そこに東雲が行こうとしない限りは大丈夫なはずだ。

 そう思っていたら、東雲が再び何かを見つけたようで、久世に聞いている。


「これは?」

「それは…母親のだから、触らないで!」

「ああ、そうなんだ。ごめんね」


 東雲が持っていた何かを奪いながら、久世がこちらをチラリと見てきた。助けを求めていると分かったが、正直東雲の欲がここで満たされるのなら、それに越したことはない。


 久世には悪いが、ここは静観しておこうと幸善が思った直後のことだった。不意に東雲が立ち上がり、こう言った。


「やっぱり、ご家族に悪いし、久世君の部屋に行こう」

「ちょっと待とうか」


 光の速さで立ち上がり、幸善は東雲を制止した。そこから、何とかティータイムに持ち込むことに成功するのだが、その時には東雲以外の三人の体力がゼロに近くなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る