憧れから恋人に世界が変わる(2)

 いろいろなことがあった週末も終わり、いつものように登校した学校で、問題の七実ななみ春馬はるまと逢った頼堂らいどう幸善ゆきよしはぎこちない一日を過ごしていた。仙人であることを隠して、高校生活を過ごしている幸善達のように、七実も基本的に学校では仙人として話しかけないように言われている。それは当たり前のことなので問題ないのだが、立場的に上司に近い人物が教師である関わりの難しさは、ほとんどの人が経験したことがないはずなので分からないと思うが、非常に難しいことだった。教師と上司は立場的に似ているようで微妙に違う。その微妙な違いが、学校という他に見ない特殊なコミュニティーを作り上げていると思うのだが、その微妙な違いをどのように扱うか、幸善は判断しかねていた。


 何となく、微妙な雰囲気のまま、学校での時間は進み、迎えた休み時間に珍しい来訪者があった。幸善達の教室に現れ、幸善を呼びつけた人物の顔を見て、幸善が不機嫌そうに眉を顰めた。


「何で嫌そうなんだよ?」


 幸善と同じような顔をした相亀あいがめ弦次げんじがそう言ってきた。幸善との私的な付き合いを好まない相亀が、学校で幸善を訪ねてくることはほとんどない。忘れ物をした時くらいだ。また何か忘れたのだろうかと思いながら、幸善は牽制の意味も込めて先に伝える。


「体操服以外なら貸してやる」

「忘れ物じゃねぇーよ。あと、俺は今、体育は無理だ」


 相亀がそう言ったことで思い出した幸善は、この前までの相亀と今の相亀の違いに、ようやく気づいた。


「あれ?お前、ギプス落としてないか?」

「いや、どんな状況だよ?せめて、付け忘れるだろうが」

「付け忘れたのか?」

「違う。そのことで話があるんだよ」


 そう言った相亀が教室の中に目を向けてきた。相亀が呼びに来たことで、東雲しののめ美子みこ我妻あづまけいも、幸善達の様子を窺っている。それを気にする相亀の様子に、幸善は相亀の話を何となく理解した。


「奇隠関係か…?」


 小さくそう聞いた幸善に、相亀が小さく頷いてくる。それを見た幸善が無言で移動することを伝え、二人は教室を後にした。


 中庭の片隅の人目につかない場所まで移動すると、幸善は早速気になっていたことを相亀に聞く。


「腕、治ったのか?」

「いや、まだ骨がくっついただけだ。日常生活程度なら問題はないらしいが、それ以上に動けるかどうかは微妙なところらしい」

「もうくっついたのか?」

「それで聞きたいんだが、七実って仙人なのか?」


 その質問に驚いた幸善に、相亀は昨日のことを話してきた。どうやら、幸善達が冲方うぶかたれん達と合流し、自宅に帰った後、相亀はQ支部に呼び出されたらしい。そこで仙人という説明を受けた七実の治療を受け、折れていた右腕がくっついたようだ。


「お前、知ってたのか?」


 そう聞いてくる相亀に、幸善はかぶりを振った。自分も昨日知ったことや、実際に人型ヒトガタを相手にして戦う姿を見たことを伝える。


「人型と?」

「どうやら、七実先生は序列持ちナンバーズのNo.7らしい」

「序列持ち!?」


 序列持ちであることは聞いていなかったのか、相亀が想像以上に驚いた声を出し、幸善は慌てて相亀の口を塞いだ。周囲を確認してみるが、幸いなことに相亀の声に振り向いた様子の人物はいない。


「あんまり大きな声を出すな」

「悪い…ちょっと驚いた。だけど、そうか、序列持ちなのか。只者ではないとは思ったけど、そこまで凄いのか」

「お前の腕がくっついたってことは、水月みなづきさんや葉様はざまも?」


 幸善の問いに相亀はかぶりを振った。単純に折れている骨をくっつけることに比べて、内臓を含む全身に損傷が見られる水月悠花ゆうかの治療や、葉様涼介りょうすけに残った麻痺を取り除くことは難しいらしい。


「実際、俺の腕も一応くっつけて使えるようになっただけで、ちょっと重い物を持ったり、激しい運動をしたりしたら、すぐ折れるって言われたしな」

「そうか。流石にそううまいこと行かないのか」

「ああ、だから、俺はしばらくリハビリ。水月や葉様も、本格的に仕事に戻れるのは、少し先だろうな」

「なら、しばらくは今のメンバーで引き続き、人型探しか」


 そう呟いた幸善が昨日のことを思い出した。牛梁うしばりあかねが七実に仙技を教えてもらうことが決まり、その話の流れがあったことから、聞くタイミングを完全に逃してしまったのだが、幸善は七実の言った発言が気になっていた。


「頼堂はどうするんだ?本部に行くのか?」


 あれは一体、どういう意味なのだろうかと幸善が考え始めた直後、幸善や相亀を呼び出すように、チャイムが鳴り響いた。二人は慌てて教室に戻ることに決め、幸善は疑問を解決できないまま、持ち続けることになった。

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