憧れから恋人に世界が変わる(3)

 昨日、七実や牛梁と一緒にQ支部に戻り、そこで冲方達と合流した幸善だが、そこからの出来事はQ支部にいる時には聞けていなかった。奇隠から派遣された仙人がショッピングモールを調査し、そこで何かが分かったのか聞くこともなく、人型との戦闘が起きたことや七実のことを報告し、それから、情報が判明するまで待機ということに決まり、幸善は家に帰ったのだ。


 結局、ショッピングモールを調べて何か分かったのだろうかと思っていたが、その答えは翌日の放課後、いつものようにQ支部を訪れた際に知ることになった。

 幸善に牛梁、佐崎ささき啓吾けいご杉咲すぎさき未散みちるが部屋に集まり、最後に登場した冲方が昨日に判明した事実を共有するために伝えてくれる。


「私達が調べていたショッピングモールだけど、あそこに仙人が本格的に調査に入った結果、ショッピングモール内の倉庫の一部から、失踪していた女性達が発見されました。女性達は全員眠っている状態で、棺みたいな箱に納められていたみたいなんだけど、幸いなことに死人は出ていないらしい」

「それは誰も気づいていなかったんですか?」

「人型が潜伏していた控え室と同じで、人が近づかないように言われていたみたいで、従業員は誰も知らなかったらしいよ」

「そもそも、誰が近づかないように言い出したんですか?」

「ショッピングモールの責任者が出したらしいんだけど、問題はその当事者がその指示を覚えてないんだよね」


 自分の出した指示を忘れた。単純に覚えていないという無責任な話で片づけばいいのだが、今回はそこに人型が絡んでいる。特に人型が関与している部分に対する指示を忘れていたとなると、その理由は当人が覚えていないというよりも、他の可能性が高くなる。


「妖術によって操られていた可能性がありますね」


 幸善の呟きに冲方は頷いた。幸善はかおるの姿を思い出し、その妖術なら可能だと思った。女性達の失踪を生み出した理由もそこにあるのなら、それを隠すための手配も、同じ力を使った可能性が高くなる。

 少なくとも、薫が動き出していることは、その姿と一緒に昨日、確認した。それを考慮すると、薫達が次に潜む場所の特定は難しいように思えた。


「その話から考えるに、何となく想像ついていると思うけど、姿を消した人型の捜索は現在難航しているんだよ」

「昨日、俺達の前から姿を消してから、どこに行ったか分からないんですか?」

「残念ながら、映像に姿が残ってなかったんだよ。そこから、どこに移動したか分からない上に、今回分かった情報だ。特定は難しいね」


 苦い顔をする冲方に幸善達は落胆した。せっかく尻尾を掴みかけていたというのに、その尻尾を掴み損ねた瞬間、姿を完全に見失うことになるとは。


「それなら、俺達はどうするんですか?」


 佐崎の質問に冲方は申し訳なさそうな顔をした。


「もちろん、手掛かりを探すことになるんだけど、何も分かっていない状態で、空いている仙人全員が動いても、非常時に対応できないだけで何も成さないからね。取り敢えず、私達はしばらく待機になるよ。手掛かりが発見されるか、他の仕事が割り当てられるまで、少し待とうか」

「そんなのんびりで良いんですか?」

「もちろん、早く見つかるに越したことはないんだけど、今は失踪した女性達のこともあるからね。そっちの事後処理も相当大変らしいから」


 女性達の体調チェック、取り調べ、家に帰すための手続きを奇隠もやらなければいけないことから、そちらに人員が割かれて、人型を捜索することだけに人員を割くことが難しいらしい。その説明を聞き、納得したように頷いた幸善の頭の中で、唐突にウサギが跳ねた。


「あ、そういえば、ナインチェはどうなったんですか?」


 失踪した女性の一人、田村たむら紗季子さきこが飼っていたウサギの名前がナインチェだった。実は妖怪であることが分かり、奇隠で保護されていたのだが、幸善達の捜査に少し協力してくれて、そのお陰でショッピングモールに人型が潜伏していた事実が分かったと言っても過言ではない。


「ああ、例のウサギだね。あのウサギなら、飼い主に返されたそうだよ。妖怪だけど、人間に害を及ぼそうとしているわけではないからね。把握できていたら問題ないという判断らしいね」

「ああ、そうなんですね」


 無事に田村の元に返されたと聞き、幸善はホッと胸を撫で下ろした。その前で冲方が最後の確認のように、今後の方針を伝えてくる。


「取り敢えず、ここにいる四人はしばらく待機。何かあったら連絡するから。11番目の男ジャックの襲撃の影響もあって、仙人が減ってしまった今、可能性としては人型の捜索よりも、受け持つ人がいなかった仕事が回ってくる可能性が高いけどね」


 人型は早々に見つけ出したいが、妖怪に関する仕事も放置はできない。仕方ないと納得した幸善に向かって、冲方が最後に思い出したように言ってきた。


「そういえば、11番目の男で思い出したけど、頼堂君」

「はい?」

秋奈あきなさんが目を覚ましたそうだよ」


 その一言に幸善はしばらく固まり、その隣で笑顔を浮かべた佐崎に、少しずつ嬉しさを実感した。

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