月から日まで七日で終わる(11)

 赤髪の女の子が放った火球の到達前に、幸善達は足元の氷の破壊を行わなければいけなかった。握った拳に仙気を移動させ、足元の氷を牛梁が砕く隣で、幸善も足元の氷を殴り始める。幸いなことに氷は特別に硬いわけではなく、殴っただけで簡単に罅が入り、足を抜くこと自体はできた。


 ただ、それらの行動が火球の到達前に済むほど、迅速に行われることはなかった。氷から足を抜いた段階で、火球は既に幸善達の目の前にあった。幸善は自然と、自分と牛梁が炎の包まれる姿を想像し、七実の予知は早速外れたと思った。


 しかし、それらは現実になることなく、幸善が思うだけで終わった。それは火球の到達前に回避が間に合ったからではなければ、七実が幸善達を助けたわけでもない。何か他の攻撃があったわけでもなく、もっと単純に火球は幸善達に到達しなかったのだ。


 赤髪の女の子が放った火球は吸い込まれるように、幸善達の目の前の地面に落ちていった。地面にぶつかった火球は周囲を軽く燃やすが、幸善達に被害はない。

 地面に何かがあるわけではなかった。単純に女の子が火球を外したようにしか見えず、それは青髪の男の子も同じようだ。目の前で失敗した女の子を驚いた顔で見て、それまでの言葉と比べると僅かに感情を感じさせる声で叫んだ。


「どうしたの?」

「あれ?どうして?」


 戸惑ったように呟く女の子は首を傾げ、幸善達を見てくるが、幸善に真面な返答は思いつかない。強いて言うのなら、赤髪の女の子が外したからなのだが、その外れた理由自体を女の子は疑問に思っているように見えた。

 どうして、攻撃が当たらなかったのかではなく、どうして、自分は攻撃を外してしまったのか、真剣に考えているように思える。


「とにかく!攻撃!」

「分かった!止める!」


 二人が揃って両手をこちらに突き出した直後、男の子の足元から氷が幸善達に迫ってきた。幸善達の逃げ場をなくすように、地面全体を凍らせた先ほどとは違い、地面を蛇が這うように太い氷が幸善や牛梁の足を追いかけてくる。その太さは単純にさっきの氷よりも厚さを増したようで、その氷に捕まったら、さっきのように簡単に砕くことは難しく見えた。


 何とか逃れようと思った幸善が、氷から距離を取るように跳躍する。頬を焦がすような熱に気づいたのは、その瞬間だった。

 見てみると、地面に氷を這わせる男の子の隣で、女の子が炎の塊をこちらに放とうとしていた。幸善は跳躍の瞬間であり、空中で自由に動くことはできない。これが狙いだったかと悔しく思いながら、幸善は炎から逃れようと身体を捻った。


 その動きが影響したのか、宙を舞っていた幸善の身体を軽く掠めるように、炎の塊が飛んでいった。肌に熱さを与えてきたが、それ以上の火傷もなければ、何かが燃えているわけでもない。


 また外したのかと思いながら幸善が顔を上げると、再び双子が驚いた顔をしていた。今度は二人共が言葉を失ったように幸善達を見つめ、理解できないという風に、必死にかぶりを振る。


「ちゃんと狙ったはずなのに!何で外れたの!」

「ちゃんと捕まえたはずなのに!何で逃げられたの!」


 その叫び声に幸善は足元の氷を見た。幸善や牛梁に迫っていた氷だが、そのどちらも幸善達を拘束することはできていなかった。仮にそれができていたのなら、女の子の放った炎は外れることなく、幸善達に当たっていたはずだ。


 炎だけが当たらないのなら、息を合わせることに失敗しただけと判断できるのだが、今はその手前で活躍するべき氷すらも、幸善達には届いていない。

 人型には幸善を殺せない。そこから来る一種の手加減かと考える幸善の前で、女の子の手の上で渦巻くように炎が生み出された。


「小細工で失敗した」

「全力で捕まえれば、それで勝ち」


 生み出された炎がどうなるのか分からないが、攻撃のタイミングから考えるに、確実にいいものではないと悟った幸善と牛梁が、慌てて双子に飛びかかった。その寸前、先ほどまで地を這っていた蛇のような氷が起き上がり、幸善達と男の子の間に分厚い氷の壁を作り出す。

 これを砕くには仙術の力が必要だが、幸善には協力してくれる妖怪が今いない。


 このままでは、あの炎が放たれると思った瞬間、こちらに渦巻く炎を投げ飛ばそうとした女の子の動きが一瞬止まり、幸善達が双子に接近する前に立っていた場所に向かって、その炎を投げつけた。


 もちろん、幸善達はその場所にいない。そのあまりにも的外れな攻撃に、幸善や牛梁だけでなく、女の子の隣に立った男の子も驚いている。


「ねえね?どうしたの?そこには誰もいないよ?」

「え?あれ?何で外れてるの?」


 不思議そうに呟く二人を見ながら、幸善は先ほどの言葉を思い出し、七実に目を向けていた。何をしているのかは全く分からないが、どうやら、これが七実の言っていたサポートのようだ。実際に予知かと思った発言通り、幸善達には攻撃が当たっていない。


 その幸善の視線に気づいたのか、七実が小さく笑みを返してくる。その姿を偶然にも見ていた様子の男の子が少し不機嫌そうに口を開いた。


「そうか。お前か」


 その呟きに気づき、女の子も七実に目を向けた。


「邪魔してるのね。そういうことね」


 確認を取るように呟いてから、女の子は幸善達を無視して、七実に向かって炎を飛ばした。それに反応を示さない七実の姿を見て、幸善と牛梁が助けるために駆け寄ろうとする。


 その足を男の子の氷が固定した。不意の攻撃に幸善と牛梁がまんまと動けなくなった目の前で、女の子の放った炎が七実に接近していく。それを七実は未だ小さく笑いながら見ていた。

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