月から日まで七日で終わる(1)

 奇隠から派遣された仙人であると説明できない以上、現場にいた警察官からは怪しい人物という印象を拭えなかったはずだ。八鳥はっとり史紀しきはぞんざいな対応を受けても、それを非難する気はなかった。奇隠の仙人として活動する以上、このような扱いを受けることには慣れている。八鳥はいつものことと気にすることなく、それらの警察官と一緒に問題の倉庫に入った。


 御柱みはしら新月しんげつからの話通り、倉庫の中には複数個のコンテナが並んでいた。大きさに微妙な違いはあるものの、最低でも人間が簡単に入れるくらいの大きさはどれもあるようだ。コンテナの素材は金属のようだが、ただの金属ではないようで、外部から中身の確認はできなかったらしい。


 試しに八鳥がコンテナの一つに触れ、軽く仙気を移動させてみるが、コンテナの表面を流れるばかりで、コンテナの中にまで侵入できない。内部にまで仙気が届かないことはあっても、内部に向けているのに、表面を流れていくことはまずない。確実に仙気を阻害する何かがあると分かり、八鳥はコンテナの怪しさを再認識する。


「開けてみますか?」


 警察官の一人が聞いてきたので、八鳥は「お願いします」と答え、コンテナを開くことにした。警察官の多くは不法就労者が隠れている可能性を考えているようで、八鳥がいる理由を理解していないようだが、この時点から八鳥は中身について警戒していた。


 人型ヒトガタが中に隠れている可能性は少ないが、それに近しい存在が中に入っている可能性は十分にある。場合によっては、八鳥が一人で警察官達を守らなければいけない。

 そう思い、少し緊張し始めた八鳥の前で、コンテナがゆっくりと開き始めた。隙間が開き、倉庫の中の淡い光がコンテナの中に差し込まれる。


 まだ完全に開き切る前だった。中に入った淡い光に反応するように、コンテナの中から強い衝撃が、コンテナ全体を震わせるように伝わってきた。その不意な衝撃にコンテナを開こうとしていた警察官が尻餅を突き、周囲で見ていた警察官も驚いた顔をしている。


「何かいる…」


 小さく呟いた八鳥が、警察官達の代わりにコンテナに近づこうとした。コンテナを開き切った時に、警察官が近くにいると危険だと判断したのだが、それを待ってくれなかったのが、コンテナの中にいた存在だ。八鳥が近づくよりも先に、コンテナを押し開き、その中から飛び出してきた。


「うわっ!?」


 警察官の一人が怯えた声を漏らし、それが連鎖するように他の警察官に伝わっていった。その姿に八鳥は表情を曇らせ、コンテナ近くで尻餅を突いたまま、動けなくなっている警察官に声をかける。


「そこから逃げてください!」

「は、蜂だ!」


 背後で警察官の一人が叫んだ通り、コンテナから飛び出してきたのは、人間ほどの大きさをした蜂だった。その叫び声に反応するように、蜂が八鳥の背後に立つ警察官達に向かって飛んでいく。飛んでいきながら、蜂は巨大な針を警察官達に向けており、その姿に警察官達は足が竦んだように動き出さない。針に刺されただけでも重傷を負うほどの大きさなのに、蜂であるのならそこに毒もあるはずだ。


 刺されたら助からないと思った八鳥が、警察官達を守るために仙気を飛ばした。二級仙人の中でも仙気の扱いには長けている八鳥だが、攻撃よりも物質を探る方が得意であり、自分が戦闘に向いているとは思っていない。どこまで相手できるかと不安だったが、八鳥の飛ばした仙気による爆発でも、蜂の意識をこちらに向けることくらいはできた。


「逃げてください!」


 八鳥が警察官達に叫んだが、警察官達は怯えた表情のまま、その場で狼狽えているばかりだった。使命感から簡単には逃げられないが、巨大な蜂という未知なる存在に、どのように相手したらいいのかも分からない。その狭間で揺れていることが分かる表情に、八鳥は苦い顔をした。いっそのこと、怯えて逃げてくれた方が八鳥としてはやりやすかった。


 蜂が八鳥に針を突き出しながら飛んでくる。八鳥はそれを飛び越える形で躱してから、仙気を蜂の表面に伸ばしていく。既に軽く消耗し、量に限界があるので、仙気は薄く膜のようにしか伸ばせなかったが、それで下準備は完了していた。


 蜂の姿を見た時に八鳥が思い出したのは、数日前にクイズ番組で見た蜂球だった。巣に侵入したスズメバチを大量のミツバチが覆い、その中で発生した熱でスズメバチを殺すというものだ。それを見た八鳥は死に至るサウナかと考えた。


 それと同じ現象を起こそうと八鳥は思っていた。蜂の表面に伸ばした仙気の性質を変え、そこに熱を含ませていく。この性質の変化は武器に仙気をまとわせることに匹敵するほど難しい一方で、実戦に用いることが難しいことから、これを極めた仙人は序列持ちナンバーズに一人いるくらいで、他の多くの仙人は簡単に使えるだけのことが多かった。ただ、これを極めることが仙術を会得する上での重要課題であるとは言われており、即戦力を優先した代わりに仙術を使える仙人が生み出せない原因がここにあるとも言われている。


 この性質の変化は八鳥も実戦で使えるレベルではなかったが、今は状況的に逢っていると思われた。蜂の表面にまとった仙気は熱を与えながら、蜂から熱が逃げていくことを防いでいる。このまま蜂が動き続けると、蜂は自分の熱に蒸されて死に至る。

 それを実現するために、八鳥は残った仙気を利用し、蜂の攻撃を躱すことで、できるだけ時間を稼ごうとした。


 そのまま数分が経ち、八鳥は蜂の動きが少しずつ鈍くなっていることに気づいた。ゆっくりと飛ぶことも儘ならなくなり、やがては地面に倒れ込んだまま、動かなくなってしまう。


 これで蜂は対処できた。そう思った八鳥が警察官に声をかけ、残りのコンテナは開かないように指示を出そうとした。

 そこで警察官の多くが怯えたまま、こちらを見ていることに気づいた。


(これは後で記憶の操作とメンタルケアも必要かな?)


 少し曇った表情でそう思いながら、八鳥はスマホを取り出す。コンテナの中身について、報告しなければいけない。そう思った八鳥が連絡した相手はQ支部の支部長、鬼山きやま泰羅たいらだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る