兎は明るく喋らない(13)
逃走を許してしまったものの、双子の正体は人型で確定した。それは重大な収穫であり、奇隠の今後の方針を定める重要な情報となった。特に幸善達との戦闘から確認された妖気は情報として大きく、事前に冲方が鬼山に頼んでいた人型誕生時の妖気と照合することで、双子の特定までできそうだった。
それらのことから、Q支部は本格的に双子の捜索に乗り出したが、双子についての報告を済ませたタイミングで、既に夜も遅くなろうとしており、幸善達がそこから捜索をすることはできなかった。
取り敢えず、駐車場から消えた双子の行方をQ支部内から可能な限り捜索することに、その日の方針は決まり、翌日から本格的に双子を探すことになる。
双子を取り逃がしたことは残念だったが、人型と戦った割に怪我人が出なかったことが、幸善は少しだけ嬉しかった。もちろん、戦闘のどこかでついたと思われる軽い傷はあったが、これまではそれだけで終わることの方が少なかった。
これも全て自分達が強くなったからと思えるほどに幸善は驕っていないが、運が良かっただけとも思い切れない。助かったことには明確に理由がありそうだと思って探してみるが、その理由は簡単に思いつかない。
強いて言うのなら、あの双子は少し気になった。話に聞いていたが、実際に目の前で見てみると、二人は互いに兄や姉と呼び合っており、その振る舞いも異様だった。かなり似ている見た目も双子と思うには十分な要素だが、そもそも、人型に双子の概念があるのか分からない。
それに、未だに分かっていないことが一つ。東雲から聞いた男の子と、秋奈から聞いた男の子の話は同一人物と思えるものだったが、その両方が同じ時間帯に別の場所で確認されていた。双子であるのだから、それくらいは誤魔化せるかと最初は思ったが、髪の色や瞳の色の違いに、明確な声の違いを考えると、間違えたとは考えられない。
双子についてはまだ謎が多い。捜索の過程で、その謎も解き明かさないと、次は無傷で終わらないかもしれない。
そう思いながら、帰宅した幸善はできるだけ音を殺して、自分の部屋に移動しようとした。時間帯が時間帯だ。幸善が帰ったことを目撃した相手によっては、せっかく無事だった命を散らすことになりかねない。
抜き足差し足忍び足。幸善はできるだけ気配を殺し、戦いの最中のように集中力を高めて、自室に入ろうとした。
「お兄ちゃん?」
「ッ~~~~~!?」
暗闇から聞こえてきた声に、幸善は心臓を破裂させかけた。声のした方向に目を向けると、幸善の反応に驚いた顔をした頼堂
「な、何だ…千明か…」
「ど、どうしたの?そんなに驚いて?」
「いや、別に何でも…ノワールなら、もう連れていっていないけど?」
そのことを再び咎めてくるのかと思い、先回りする形でそう口にしたのだが、千明はかぶりを振ってきた。
「それはいいから。お兄ちゃんに話があるの」
「話?」
そう聞き返しながら、幸善はすぐに思い当たる節を見つけた。
「もしかして、この前の?」
「うん、そう。それ」
幸善はその一言に身構えた。どうやら、千明の口止めのために必要なアイテムが決まったらしい。仙人としての働きから、ある程度の金額なら問題はない。何でも来いとは思いながらも、その内容に少しだけ警戒心を懐いていた。
「これは絶対に欲しいものだから。お兄ちゃんに期待して頼むけどね」
「その前置き嫌だな…」
「絶対に欲しいものだからね」
「何で二回言った…?」
千明の様子のおかしさに幸善は不穏さを感じていた。途轍もなく嫌な予感がするが、今更断ることもできない。千明が欲しいものを口に出すまで、じっと待っていると、千明がポケットからスマホを取り出した。そのまま無言で画面を操作し、不意に幸善に画面を見せてくる。暗闇から急に現れた光に、幸善の目は一瞬眩み、何が映し出されているのか分からなかった。
だが、次第に光に慣れると、そこに書かれている内容が自然と目に入り、幸善は息を止めた。
「
Noir.の来日公演のチケット。それは世界でも有数のチケット入手難易度を誇るバンドのチケットということだ。その倍率が数十倍と聞くと、そのチケットの入手難易度は金銭で解決できる問題ではない。
「これ、手に入れてくれたら、ちゃんとお母さんには言わないでおくから」
「え…?ちょっと待って…?」
「お願いね?」
そう告げて、部屋に戻ってしまった千明を見送り、幸善は盛大に項垂れた。千明はお願いと言っていたが、幸善には死刑宣告にしか聞こえなかった。
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